『ルポ 電子書籍大国アメリカ』を読む

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個人的にようやく落ち着いてきたので,大量の積ん読を整理なきゃ。 というわけで,今回は『ルポ 電子書籍大国アメリカ』について。

既に電子書籍についての本はゴマンとあるわけだが,これから電子書籍に関する本を読むならこの本を読むことをお勧めする。 電子書籍に関してはアメリカの方が進んでいるのは自明だし,向こうの状況を知った上で日本はどうすべきかを考えるのは有効だろう。 それに,私を含め,多くの人は出版側ではなく読者の側だ。 読者の側から出版の仕組みを垣間見れるのは面白い。

で,読後の率直な感想は, 「日本でアメリカのようなやり方は無理なんじゃないだろうか」 ということだった。 アメリカだってスパスパっと電子書籍をモノにできてるわけじゃない。 そのアメリカに追いつこうと思ったらアメリカ以上のスピードと決断(=リスクを取ること)が要求される。 果たして既存の出版社にそれが出来るのか? スピードと決断を手にするために,首切りを含む再構築(リストラクチャリング)をも辞さない覚悟はあるのか?

タイムリーなことに,先日 G2010 設立の記者会見があった。

記者会見に先立って新会社設立にあたっての趣意書「G2010設立の理由と経緯」が公開されていて,この中で村上龍さんが以下のように述べている。

「わたしは、電子書籍の制作を進めるに当たって、出版社と組むのは合理的ではないと思うようになりました。 理由は大きく2つあります。 1つは、多くの出版社は自社で電子化する知識と技術を持っていないということです。 「出版社による電子化」のほとんどは、電子化専門会社への「外注」です。 わたしのアイデアを具体化するためには、まず担当編集者と話し、仲介されて、外注先のエンジニアに伝えられるわけですが、コストが大きくなり、時間がかかります。 『歌うクジラ』制作チームの機動力・スピードに比べると、はるかに非効率です。 2つ目の理由は、ある出版社と組んで電子化を行うと、他社の既刊本は扱えないということでした。 いちいちそれぞれの既刊本の版元出版社と協力体制を作らなければならず、時間とコストが増えるばかりです。 今後、継続して電子書籍を制作していく上で、グリオと組んで会社を新しく作るしかないと判断しました。」

これが今の日本の既存の出版社の問題を端的に語っていると思う。 これは出版社が怠慢なのではなく,もうそういう風にしか動けないのが問題なんだと思う。 日本ってのはいつもそうだ。 日本だけの閉じた環境で過剰に最適化されてしまい,ナッシュ均衡に陥った挙句,何らかの外乱(たとえば iPhone,たとえば電子書籍)でいとも簡単にパニックになってしまう。

もうひとつ。 これもつい最近の話で,講談社の「デジタル的利用許諾契約書」を池田信夫さんが Dis る記事があったのだが, これに対して『ルポ 電子書籍大国アメリカ』の著者である大原ケイさんが反論する記事を出された。

まぁ池田信夫さんの記事は最後まで読むとアゴラブックスの宣伝だったりするオチがあるが, 大原ケイさんの反論は『ルポ 電子書籍大国アメリカ』を読むと「なるほど」と思わせるものがある。

『ルポ 電子書籍大国アメリカ』によると, アメリカでは著者に対して出版エージェントがつく(大原ケイさんも出版エージェントだ)。 この出版エージェントが著者に代わり出版社と交渉を行うようだ。 さらにアメリカには「アドバンス」という印税の前渡し制度もある。 この著者・エージェント・出版社との間で(もちろん契約を通じて)相互関係を作っていくのが出版活動の核になっている。 時間とお金をかけて著者と作品を育てるのだから, それを売る側も(電子書籍を含む)あらゆる手段で売ろうとするのは真っ当であろう。

日本ではこのような強い関係はない。 ひとりの著者が複数の出版社から作品を出すことは珍しくない。 アメリカのアドバンスのような制度もない。 私たち読者もひとりの著者がさまざまな出版社から作品を出すことを変とは思わない。 そのような状況で電子書籍が出版社に縛られるというのは違和感を感じる (あくまで出版を知らない読者としての私から見てそう思うということなのであしからず)。 ただ,池田信夫さんの記事をよく見ると, 講談社の「デジタル的利用許諾契約書」は講談社の野間副社長による「年内に2万点をデジタル化しろ」という社内号令を受けたものだったり, 「デジタル的利用許諾契約書」の引用部分についても契約期間については言及されてなかったりするので, その契約が妥当か否かということは判断しづらい (期間を決めずに独占契約(「デジタル的利用許諾契約書」の中で「所有権」とあるのは独占権をさすものと思われる)をしておいて, やらずぶったくりのままなら,そりゃあ極悪だけどさ)。

まぁ印税率についてはスルーの方向で(笑) 印税率については『ルポ 電子書籍大国アメリカ』にも記述があるが, 70%なんておいしい話には必ず裏があるということだよね。

最近面白かった記事で 「アーティスト印税、安すぎた? 大物プロデューサーの決断」 というのがあった。 これは佐久間正英さんが設立したレコード会社の話で「利益分配率をアーティストとレコード会社で50:50に設定している」点が画期的である。 これは佐久間正英さん自身がプロデューサとしても活躍されているというところが大きいんだろうけど, これって出版にも応用できるんじゃないかと思ったりしたのである。 電子書籍は単なる書籍ではなくアプリケーションでもある。 だからそれを世に送り出すまでにはさまざまな人の手を経ることになる (G2010 が IT ベンチャ企業と組んだのもその辺を意識してのことだと思う)。 故に出版というプロセスはもっと Wikinomics 的な(最近なら TwitterNomics と言ったほうがいいのかな? 読んでなくてすみません)協働になるべきだと思う。 まず出版というプロジェクトがあって,それに著者や編集者やデザイナーやパッケージングを行う人などが参加してピアプロダクションを形成していくのである。

佐藤秀峰さんの『ブラックジャックによろしく』の翻訳プロジェクトがあるらしい。

これはプロジェクトとしては素朴すぎる気がするが(わざわざニコ動でやらなくても海外の fansub グループにお願いしたら嬉々としてやってくれそうな気がする。英語でも中国語でもw), もっと工夫すれば他の作品にも応用できるような面白いプロジェクトになるような気がする。

つい先日,文化功労者顕彰を受けられた中西準子さん

「文化功労者には年金が出るとのことです。 このことも大変有り難いと思っています。 来年4月以後5年位かけて、私は自分の考えを英語で公表することに全力投球したいと思っていました。 この資金があれば、論文だけでなく、これまで出した本の英語版を出せます。

実は、恩師の田丸謙二先生からも、この年金を使ってどんどん翻訳を頼んで英語で本を出しなさいと言われました。 田丸先生は英語の達人ですから、英語の論文を出せと言われると想像していたのですが、年金を使って翻訳を頼めと言われたのには驚きました。 私の能力を考えると、そう割り切るのがいいという本当に意味のあるsuggestionです。

まずは、「環境リスク学」、それから、「演習、環境リスクを計算する」を英訳したいです。 「演習」の方は、今、出版社の岩波書店と韓国の出版社とが共同して韓国語に翻訳中です。 しかし、やはり最初は英語版がほしかったところです。」

と書かれていて,『環境リスク学』を読んで感動してしまった私としては(自分で読むわけでもないのに)ものすごく楽しみなのだが, こういうのも Wikinomics 的に展開できれば面白いのに,と思ったりする。

というわけで, 最初の感想に戻ってしまうのだが,やはり日本において電子書籍を牽引するのは(既存の)出版社ではないものではないか,と思うのだ。 でもそれで出版社がダメになるというわけではない。 もし新興の企業がうまくやれれば新しい「業界再編」が起こるに違いない。 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』のエピローグでは多様性について言及されていたが, 多様性というのはそうした離合集散のプロセスを指すのだろう。 もしそういう風になれば,読者である私たちも電子書籍の未来に期待できるような気がする。

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ルポ 電子書籍大国アメリカ (アスキー新書)
大原 ケイ
アスキー・メディアワークス 2010-09-09
評価

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by G-Tools , 2010/11/07