[HOME]
Copyright (C) 2000 Yasuhiro Arakawa

Spiegel の闘病日記

今回の件では各方面の方々に多大なるご迷惑とご心配をおかけしました。 お詫びと経過報告につきましては, それぞれ個別にさせていただくことになると思いますが, その一環といたしまして 「Spiegelの闘病日記」 なるものを公開いたしました。
なお本文は大変長文なので, あらかじめ御茶菓子あるいは酒肴をご用意の上ご覧になることをお薦めします。

入院前夜

その日は祝日だったが, 前日会社を休んでしまったため独りで仕事を処理している。 ここ2週間ばかりの私の体調は最悪だった。 仕事のほうも処理待ちの案件をどうにかこなすのが精一杯で, まるで能率が悪い。
まず下半身がむくんで歩くのも辛い状態になっていた。 呼吸もかなり辛くて, 普通に歩くだけで息が切れた。 上り坂など地獄のようである。 (ちなみに自宅は坂の途中にある (^^;))
安静にしていればどうにか大丈夫なのだが, 仰向けに寝ると苦しくて咳が止まらなくなった。

かかりつけの医者からは 「市民病院へいってちゃんと検査してもらってこい」 と紹介状までいただいている。 明日がその日だ。 ことによると2,3日入院することになるかもしれない。 (後から考えれば, これらの状況が指し示すものはひとつしかなかったのだが, 当時の私はそこまで考えが至らなかった。 息が切れるのは太っているからだと思ったりしていたのである。)

検査当日 = 入院初日

当日は9時には自宅を出るつもりだったのだが, もたもたしてるうちに9時半になっていた。 重い体を引きずってバスに乗る。

大病院というのはとにかく手続きが面倒くさい。
市民病院はかなり効率的に処理しているようにも見えたが, やはり初診受付で100年くらい待たされた。 そのまま2階の内科に巡わされ, そこの受付で1000年くらい待たされた。 と思ったら,問診表を受付に出していなかった。 まもなく名前を呼ばれたが, 尿を採ってこいと言われ, またも重い体を引きずって動きまわる羽目になった。

簡単な問診の後, こりゃやっぱり詳細な検査データが必要ということで, 太股の付け根から血を抜かれた上, 胸部レントゲン・心電図・超音波エコーと病院中を巡わされた。

さて診断結果は? 以下台本風に。

医者: 「ところで親族とかに心臓病の経歴のある人いる?」
私: 「はっ??? いませんけど。」
(数字の「12」と書いてあるところを差して)
医者: 「ここは心臓が血液を押し出す力を示す値なんだけど, 普通50を切るとやばいんだよね。 それが12だということはICU一歩手前だね。」
私: 「はぁ」 (何ですとぉ???)
医者: 「原因は2つ程考えられるけど...
(色々説明してくださったが, もはや聞いちゃいない)
医者: ...これから入院してもらって, 水を抜いて症状が改善するのを待って原因をつきとめるしかないね。」
私: 「はぁ」 (どっかあああん!!!)
私: ...あの。どのくらい入院することになるんでしょうか?」 (← ちょっと現実に戻った)
医者: 「順調に改善すれば3日くらいで退院して通いにしてもいいけど, 場合によっては1週間以上いてもらうかな。」
私: 「はぁ。ではよろしくお願いいたします。」 (← どうやら腹をくくったらしい)

大病院の通例として, 入院手続きにも10000年くらいかかると思われたが, 車椅子で連れていかれた (それまでは自力で歩いてたのに) のは一般病室ではなく, 「救命救急センター」 であった。 う〜ん,「ICU一歩手前」 とはこのことであったか。

到着するや否や, 高そうなベットに寝かせられ体中に正体不明のエンチャントを付けさせられた。 またも太股の付け根から血を抜かれ (血を抜かれる時のチューっと吸われる感じが嫌), さらにアレルギーのチェックと称して腕に針を刺された。
右腕と首筋に点滴用の管が通された。 首に管を通す際, 担当医から同意を求められたが, よくわからないまま承諾する。 管を通すのにかなりてこずっていたようだが, レントゲン画像(?)を見ながらどうにか処置を完了する。

処置中利尿剤を打ち込まれたらしいが, なかなかでなかった。 体中水ぶくれ状態で薬が効くのが遅かったのかもしれない。 が, その時の私は 「こんだけ医者や看護婦に囲まれて,怪しい処置をしている最中におしっこなんか出るかい!!」 という感じである。 危うく尿道に管を通されるところだったが丁重にお断りした。

これで,この日のイベントは終わり。 夕食は意外にまともだった。 躾のいい私が残さず平らげたのは言うまでもない。

入院2日目

実は昨夜はほとんど眠れなかった。 しんどかったせいもあるが, 首から出ている管が気になってロクに寝返りも打てない状況だったのだ。

予定より早く夜のうちに親がきた。 とりあえず私の顔を見ておきたかったらしい。 私の自宅に泊まるなどと恐ろしいことを言っている。 あの魔窟に泊まるなど冗談ではないが, そのときの私に抵抗する話術も体力も残されてはいなかった。

朝のうちに何だか検査があるとかで朝食がお預けになったが, しんどくて食うどころではなかった。 私はここ2週間ほどまともに朝食を食べていない。 その後, 移動ベッドに乗せられてRI検査室に連れて行かれる。 体中だるくてしんどくて, 付き添いの看護婦さんなどに大迷惑をかける。 周りは私を動かしたり向きを変えるために重労働を強いられているようだが, 私といえば陸に上がった金魚のような状態であった。

検査の後お預けになった朝食をいただくが, 味噌汁の中のお扶が巨大化していてちょっと食べすぎのような状態になってしまった。
ボスが見舞いにやってくる。 が, 今のところ面会謝絶なので会うことができない。 親に伝言を残して行ったらしい。
「仕事のことはぜんぜん気にしなくていいから治療に専念してくれ」
とのこと。 う〜ん, それって私はもうお払い箱ということなのだろうか (^^;)

午後から担当医の提案で脇から管を通して直接胸水を抜くことになった。 これがまぁ出るわ出るわ。 1.5リットルもの水が吸い出される。
胸水はトマトジュースを薄めた様な色をしていた。 担当医によるとまだまだあるらしいが, あまり急にたくさん抜くと体に悪影響があるらしいので, 管はそのままにして翌日続きをやるか検討するとのことであった。
しかし, 上半身をちょっと動かすたびに胸に激痛が走る。 結局管は取り外された。 せっかく面白かったのに。
胸水を抜くとかなり呼吸が楽になった。 今まで仰向けになると息苦しかったが, それもかなり緩和されている。

しばらくしてまた担当医がやってきた。
「心拍数が減らないので電気ショックで刺激を与えてみようと思うのですが。」
ちょっと悩んだが, 同意した。 だって面白そうじゃない!!
全身麻酔をかけるそうな。 意識が薄れて行く中 「ドシン!!!」 というものすごい衝撃を感じた...

次に目が覚めたのは2時間後であった。 丁度夕食のタイミングである。 こんな時でも私の腹時計は正確に機能するらしい。
処置の方はどうやらうまくいかなかったようだ。 心拍数は相変わらず高い値をキープしている。 まっいいか。 面白かったし。
というわけで,その夜は久しぶりに熟睡できた。

入院3日目

このころになると, 足のむくみがかなり改善されていた。 体全体も動きが楽になっている。 (もっとも筋力はかなり低下していて, 急に動くとピシピシと筋肉痛が走る)
水は, 胸水もあわせて, 昨日だけで6リットルも抜けたらしい。 入院前に会社のヘルスメータで測ったときは 90Kg くらいの体重だったが, どの程度に減っているか楽しみである。
精神的にも看護婦さんとダベれる程度の余裕が出てきた。

昼食後, 電解物質を補充するとかで黄色い液体を点滴にセットされた。 看護婦さんの話では相当痛いらしい。 が, 私はその痛さを甘く見ていた。
しばらくして腕に激痛が走った。 何ていうか,焼きゴテがあてられるとこんな感じに違いない。 思わず 「いてて!!」 と叫んでんでしまった。
「どうする? 止める?」 と聞かれたが, どの道やらなくてはならないのだから止めるわけにはいかない。 結局その後この激痛に4時間以上も堪え忍ぶこととなった。 しかもその途中で割り込みで利尿剤を入れさせられる。 この時だけは看護婦さんが鬼に見えた。

ここで食事について言及しておこう。 市民病院の食事は地下の給食センターで一括して作られるらしい。 病人メニューなのであまりごちそうは出ないが, 「バランス重視の素食」 という感じで悪くはない。 ただ時々妙なものが出てくる。
大根おろしにリンゴが1/4個入ったものが出る。 焼き魚といっしょに出ることが多いので, 最初はそれが1つのメニューだとは思わなかった。 謎の一品である。
リンゴが丸ごと1個出ることがある。 皮も剥いてないリンゴが丸ごとである。 いや, 私はノー・プロブレムなのだが, 年寄りさんとかどうやって食べるのだろう。 もうちょっと配慮してあげてもいいのではないかと思うのだが, これまた謎の一品である。

入院4日目

この日は特にイベントはなし。 利尿剤でひたすら水を出すいつもの儀式。 しかし, 昨日の今日で腕が痛い。 大量におしっこを出して再びあの拷問にかけられるのでは, との不安もちらりとよぎったが, まぁいいか (意識しておしっこ止められるわけじゃなし)。

そういえば今夕は天文研のOB会であった。 ごめんね幹事の人。 私としてもこの時にしか会えない方もおられるのでとても残念。

入院5日目

やっと腕の点滴管を外してもよいことになった。 ところが, 液を早く落とそうと看護婦さんがピッチを倍以上に上げたら, またも腕に痛みが... でも私も早くこの鬱陶しいエンチャントを外して欲しかったので, そんな内心はおくびにも出さず, 滞りなく処置は完了した。

おしっこの出が悪いとかで, 夕方利尿剤が追加された。 といっても既に点滴管は外されているので, 肩に注射することになった。
私たち以上の年代の方なら右腕の付け根の部分に予防注射の跡が残っている方も多いだろう。 丁度その部分(左腕だけど)に注射されたのである。 めちゃめちゃ痛かった。

今までベッドの上から降りれなかったが, やっと許可が下りる。 といってもまだ歩きまわったりはできない。
この機会に私はあることに挑戦した。 実は私, 入院以来1回もう○ちをしていなかったのだ。 歩きまわれないのでトイレにも行けないが, ポータブル・トイレ(ようするに「おまる」)を用意してもらった。 久しぶりで腹筋に力が入らない。 が, 何とか成功。 私のささやかな野望は達成された。

入院6日目

午前中RI検査を行う。 RI検査のときは食事がお預けになるのでちょっとせつない。
検査と前後して一般病室に移動することが告げられる。 検査後すぐにでも移動したがっていたが, 私は先に朝食が食べたいと抵抗した。
ソッコーで朝食を食べていると, 移動は午後になった, と告げられた。 いゃ,まぁ,いいんだけど...

昼に親がやってきた。 手伝ってもらって一般病室に移動する。 今回うちの親は魔窟と化した私の部屋を片付けに来たのだという。 ゴミのたぐいは業者に引き取ってもらうらしい。 もう何でもして。 でも,部屋に積み上がってる本の山だけは絶対捨てないで,と念を押す。 しかし,どうなっていることやら。

嬉しいことに, 一般病室にはTVが備え付けてあった。 これで少しは退屈がまぎれる。

入院7日目

薬局の人が来られて1週間分の薬の山を渡され, 更に薬についての解説もしていただいた。 ここではじめて自分が何の薬を服用しているのか分かった。
山ほどの薬の中にバファリンが入っているのは気付いていたが, 頭痛薬としてではなく血を固まりにくくするために服用するのだという。 う〜ん,そうだったのか。

入院以来付けさせられていた酸素チューブを外すことになった。 やた!! これでまたエンチャントがひとつ減る。
これで残るは心電図モニタ用の電極とケーブルのみとなった。

親がやってきた。 結局ゴミ等の処理は, 量が多すぎるので産業廃棄物扱いになるそうで, 8万円もふんだくられた, とぶちぶち文句をいっていた。 う〜ん,あの本の山とあの本の山とあの本の山はどうなったのだろう。 不安だ!!

入院8日目

ベッドから離れて歩きまわってもよいことになった。 といってもトイレに立つとか電話をかけるとかいった行動に限定されるが, かなり自由の身である。

担当医より今後のスケジュールが告知された。 約1週間後に カテーテル検査をするらしい。 それまでは大きなイベントもないし, 私も大抵のことはひとりでできるようになったので, 親には検査まで実家に帰ってもらうことにした。

会社にTELする。 ボスはまだ出張中らしい。 とりあえず当面の用件をお願いしておく。
しばらくすると会社の人が見舞いに来た。 どうやら, まだ私はお払い箱ではないらしい。 だが,私の抱えてる仕事は予想どおり頓挫しているようだ。 当面やばそうな問題についてのみ打ち合わせる。
あああぁ, 不安がいっぱい。 でも,まぁ,自分でどうにかできるもんでもなし, 気にしてもしょうがないかぁ。(お気楽モード)

入院9日目

病棟内をかなり自由に動けるようになったので, ちょろちょろ歩きまわるようになりだした。 ただ, 歩きまわると心拍数がかなり上がるので (自分じゃあまりしんどいとは思わないのだが), 行動範囲は限定されるようである。

超音波エコーの検査の後, 来週のカテーテル検査についての説明があった。 腕ではなく, 足の付け根から管を通すらしい。 承諾書にサインをするように言われた。 もう何でもしてしてください!!

あんまり退屈なので, 自分で新聞を買いにいくことにした。 途中INS電話を発見する。 う〜ん, あとはACアダプタがあれば何とかメールくらいは取れそうなんだけど...

入院10日目

簡単な問診の後, 入浴が許可された。 (^^)v
喜びいさんで入りにいったが, 浴室には備え付けの石鹸がなかった。 しまった!! ビジネスホテルじゃないんだから, そんなもんあるわけないって。 しょうがないので備え付けのシャンプー (シャンプーは何故か備え付けられている) で体を洗う。

夕方ボスが見舞いに来てくれた。 仕事の進捗等について詳しい状況を聞いた。 スケジュール調整に色々奔走してくれてるらしい。 いやぁ,本当に申し訳ない。 土産に何やら菓子らしきものを頂いたが食っていいものやら分からないので, ひとまず親に渡しておこう。

夜。 やっとKB!さんと連絡が取れる。
実は天文研の知り合いで, アドレス帳に電話番号を控えていたのはKB!さんくらいだったのだ。 自宅に帰れば他の人の番号もわかるのだが。 せめてOB会幹事様の番号を控えておけば回りくどいことをしなくてすんだのに。
とにかく安否情報だけは伝えておいた。 これで当面は大丈夫かな。

入院11日目

なあんにもなし。 朝からやたら眠くて, ぐぅぐぅ寝こける。 もともと寝るのは好きなので, 何もすることがないと1日中でも寝てしまう。 『ドラえもん』 ののび太と同じで枕さえあればどこででも眠れる。 病院の枕は寝心地がよい。 しばらく脳みそ使ってないな。 ちゃんと社会復帰できるのだろうか。

私のいる病室は年寄りが多い。 (というか私以外全部年寄り)
土曜の夜くらいは夜更かししたいのだが, 周りは21時半の消灯を過ぎると早々に寝てしまうようである。 23時頃までTVを観ていたが, さすがに気兼ねして寝ることにした。

入院12日目

カテーテル検査前日。 毛剃りをするようにいわれる。 足の付け根から管を通すため, 膝上から腰まで全部剃るように言われてしまった。 知る人ぞ知るだが, 私は実はかなり毛深い。 陰毛なんか生まれてから一度も手入れしたことがないので大変であった。 今ならピチピチの競泳用水着でも大丈夫に違いない。
しかし毛がないというのがこれほど心細いものだとは思わなかった...

この日は来ないといっていたのに親がきた。 まぁ,明日の打ち合わせができたのでよしとしよう。
どきどきわくわくでなかなか寝付けない。 あんまり痛くないといいなぁ。

入院13日目

検査当日だが時間がなかなか決まらない。 と思ったら唐突に看護婦さんがやってきた。 検査着に着替えて点滴の準備をして尿道に管をさした (処置が長時間になるため)。 極太の管にびびってナニがすっかり縮こまる。 作業は困難を極めた。 めちゃめちゃ痛かった。

ストレッチャーで検査室に運ばれる。 もしもの事態に備えて親は廊下で待機である。 両足の付け根・首筋から管を通す。 局部麻酔をしているのであまり痛みはない。 固定されていて周りが見えず何だかよく分からないが, 色々いじくられた。

廊下で待たされていた親の話によると, 結局検査に2時間40分程かかったらしい。 どうりでお尻が痛いはずである。
ストレッチャーで病室に戻る。 この後2時間は身動きが取れない。 2時間後管を通していた部分の砂袋をはずし寝返りくらいはできるようになる。 完全に身体が自由になるのは更に4時間後である。
砂袋をはずした時点でようやく食事が頂けた。 この日は朝から絶食だったので, 検査終盤あたりからお腹がグーグー鳴って大変だったのだ。 でもまだ身体を曲げることができないので, 寝っころがったまま親に食べさせてもらう。 夕食も同様。

天文研の友人が見舞いにきた。 といっても彼も糖尿で本日から市民病院に入院だったのだ。 私はまだほとんど動けないので簡単に挨拶だけする。 まぁ話す機会はいっぱいあるし。

検査結果の説明のため親が呼ばれる。 私は動けないので明日以降に説明してくれるらしい。 親の話によると, 冠動脈もきれいなものだし不整脈を起こすような部位も見つからなかったことから, 「拡張型心筋症」 だろうということらしい。 詳しいことは後日担当医に直接聞くとして, うまくすればあと数日で退院できるそうでちょっと安心した。

最後のギブスが外れやっと自由に動けるようになる。 実は, この時点で私はかなり切羽詰まっていた。
「大きい方がしたいんですけど, ポータブルを用意していただけます?」
まだこの時点ではトイレまで歩くことはできない。 ふんっと力んだ拍子にう○ちが出たが, 同時に右足の付け根に生暖かいものがつたった。 傷口がひらいたのだ。 慌ててナースコールをする。 まだお尻も拭いていない。
ここからの細かい描写は下品すぎるので割愛するが, 結局私はまたベッドの上で身動きの取れない状態に逆戻りする。 開放されたのは22時半過ぎであった。

ちなみに尿道の管は翌朝まで付けっぱなしということになった。(T_T)

入院14日目

早朝やっと尿道の管を外してもらえた。 一瞬激痛が走る。 結局今回の検査で一番の苦痛は尿道の管であった。 もうやりたくない。
もう歩きまわれるはずだが, 昨日の出来事もあり, 立ちあがるのもおっかなびっくりである。

夕方, 橋本勇夫さんという方のミニコンサートがあるということで, 暇潰しに観にいった。 私は音楽には不案内だが, 久しぶりに生のギターとマンドリンのアコースティック音楽を聞いて気分がよかった。 椅子が硬くてちょっとお尻が痛かったけどな。

入院15日目

例の糖尿野郎は毎朝顔を出してくれる。 歯が悪くなっているので, 食事でいろいろ苦労しているらしい。 夕方には向こうの病室にも顔を出してみるか。

安静度がさらに緩和され, 病院内を自由に歩けるようになった。 といっても, すでに結構歩きまわっていたことは看護婦さんには内緒だ。

午後からまた部屋が変わった。 今度は6人部屋である。
部屋替えと前後して散髪と入浴を行った。 久しぶりで人間にかえる。 前回は検査日だったのでお風呂に入り損ねた。 しかも処置した箇所が結構血まみれだったりテープのあとでガビガビだったりしてたので, 今回のお風呂は気持ちよかった。

この日の見舞い客(?)は2人。
まず保険の外交員の方。 そういえばこの人には入社以来お世話になってるなぁ。 必要書類を用意してもらい署名する。 後はお任せで何とかなるだろう。 いつもお世話になってます。
もう一人は何と取引先の会社の方。 今やってる仕事 (といっても私の担当分は頓挫しているが (^^;)) の担当の方だ。 来ていただいただけでも充分びっくりだが, お見舞い品までいただいてしまった。 しかも仕様書・取扱説明書付き。 プロジェクトに関係している方々が有志で送ってくださったらしい。 割と女性が多いせいなのかもしれないが, クマのぬいぐるみは嬉し恥ずかし。 (しかも仕様書・取説付き)

入院16日目

今朝, 検査結果について説明があった。 血管に造影剤が入っていく様子などがフィルム動画になっている。 面白〜い!!
色々説明をしていただいた。 何とか今後も仕事はできるらしい (仕事がもらえるかどうかは別問題だが)。 まっとりあえずよかった。 後はお金だな。 私は来月収入のあてがない。(T_T)

「拡張型心筋症」 というのは 「特定疾患」 に相当するそうで, うまくすれば医療費や税金面でかなり優遇されるらしい。 来年からは収入が目減りしそうなので, 貰えるものは貰っておかねば。
あと, 高額療養費の貸付制度など色々説明していただく。 これでなんとか年を越せそうである。 (来年どうするかは年を越してから考える!!)

夕方ボスがふらりとやってきた。 そういえば会社に部屋が変わったことを言ってなかったな。
私関連ジョブの進捗を聞く。 私の方も, もうすぐ退院する旨を告げた。 その他細かい打ち合わせをする。 どのみち今年中は仕事できないだろうけど, 退院後早いうちに顔出しとかないとまずいなぁ。

入院17日目

退院前日。 何もすることがない。 入院期間中, 朝寝や昼寝が癖になってしまった。 今後は当分自宅療養だが, 療養中にこの癖を何とかしなければ社会復帰できないなぁ。 まぁ昼寝は今までもやってたけど。

例の糖尿野郎の部屋に行く。 摂取(?)するインシュリンの一覧が壁に貼ってあるが, いつのまにか量が増えている。 (^^;)
彼は内科以外に眼科や歯科などにも行かなければならないのだが, スケジュール調整に苦慮しているようである。 市民病院というところは, 科ごとの情報の共有がうまくないらしく, 彼のように複数の科にかかっている患者は自分でスケジュール調整をしないといけないらしい。 難儀な話である。 よその大病院もそうなのだろうか。

入院18日目で退院

退院は午後なので, 午前中はいつもの通り暇である。 何もする事がない。 朝寝・昼寝はするまいと思ったが, いつものとおり寝こける。 習慣とは恐ろしい。

12時半頃迎えが来た。 何故か大量の荷物を抱えて無事退院である。 (病院に来たときは鞄ひとつだけだったのに)


[Index]