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取引される信頼

「日本なんたら協会」の処分の妥当性についてはここでは論じない。 っていうか私は「プライバシー・マーク」の意義すら疑っているので, そんなものがあろうとなかろうとどうでもいい。

今の社会は「信頼」を取引できる。 ここで言ってるのは金融商品としての「信用」じゃないよ。 「社会的な信頼」ってやつだ。 「ISO なんたら」とか「プライバシー・マーク」とかいうのは商品だ。 企業はそれを取得するために膨大なコストを支払う。 でも, 本当は「社会的な信頼」が取引できる筈はないのだ。 信頼というのは関係性を示す言葉だ。 まずある関係があってその関係の上に信頼が構築されているかどうかなのである。

確かに今回, 大日本印刷はどえらいことをやらかしちゃったけど, そのペナルティは関係する企業間で行うものだ。 多分相当なペナルティを支払う羽目になっているだろう。 もしそうしない取引企業がいたら, その企業はエンド・ユーザである私たち消費者をナメてるということであり, そのような態度をとる企業に対し消費者は断固とした要求をすべきだ(金をくれって言ってるんじゃないよ)。 しかるにそういう情報は全然聞こえてこない。 私のアンテナの性能が悪くて聞こえないだけなのか, それともどこの馬の骨とも分からん「日本なんたら協会」の処分で「手打ち」にしてしまうつもりなのか。 例えば私は au のユーザだけど, 情報漏洩の事実についてのニュースリリースは比較的早く出されていて, (実際はどうか知らないが)「同社員以外の第三者への流出や当該情報の悪用はない」ということで, まぁ一安心だったんだけど, その後大日本印刷に対してどうするつもりなのか全くアナウンスがない。 取引を(一時的にでも)制限するのか, あるいは何らかの改善要求を出すのか。 au が大日本印刷に対する態度を表明することは, au と顧客の間の信頼関係を修復する大事なステップであるとは思わないのだろうか。

「ISO なんたら」とか「プライバシー・マーク」が商品としてもてはやされる背景には, 企業間の取引においてリスクを外部化しようとする心理のようなものが働いてるんじゃないのか。 取引先からは商品だけ調達できればよく, その過程で何らかのセキュリティ・インシデントが発生してもそれは取引先の問題であって自分とこの問題じゃないという鈍感さ。 「ISO なんたら」や「プライバシー・マーク」が要求しているから対策するという本末転倒な発想。 本当はお互いがリスクを(外部化ではなく)共有するための手段として「ISO なんたら」や「プライバシー・マーク」といった標準があるはずなのに。 (まぁ「プライバシー・マーク」が標準といえるかどうかは相当怪しいが)