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Twitter がプライバシーを晒すって?

どうにも違和感ありあり。

「Twitterの本質は、だらだらとプライバシーを露出しあっている状態を背景として、必要に応じて機能的な目的のあるコミュニケーションが進行していくことで、この特性はより過激になることはあっても薄まることはない」

たしかに Twitter でプライバシーを晒している人はいるだろう。 でもその人があるツール・サービスでプライバシーを晒す動機が, そのツール・サービス自体にあるかのような物言いはにわかには信じがたい。 何故ならプライバシーを晒す行為は, これまで登場してきた日記やブログや SNS や最近では「プロフ」や「学校裏サイト」などでも見かける光景だから。

私は Twitter の中でハーゲンダッツが好きで広島カープファンであるといった私生活情報を暴露する発言をしているが, それらの情報は別に秘密でもなんでもない。 今まで日記やブログで書かなかったのは単に「ネットに書くまでもない」たわいない事柄であるからに過ぎない。 そういう事柄まで拾い上げてしまえる Twitter という仕組みは(マーケッタにとっては)興味深いだろうが, それとプライバシーを晒すこととは関係がない。

前回も書いたが, Twitter は基本的に独り言の連鎖でできていて, 喩えるならインターネット版 syslog のようなものである。 その連鎖はネットワークを構築しているように見えることもあるが, 実はそれは Twitter とは別のレイヤのものである。 というより, 最近のサービスはサービス上で人的ネットワークを構築させるのではなく, 既にある人的ネットワークをそっくり自サービスに移転させるような戦略をとっている。 だから mixi のようなマイミク制度ではなく一方的なコンタクトリストで構わないのである。

ある人が特定の人的ネットワークに加わるときには必ず何らかの通過儀礼(イニシエーション)が発生する。 それは名刺を交換するだけのものかもしれないし, もっと複雑な手続きをとるかもしれない。 mixi のマイミク制度は「友達ダイアグラム」に加わるための通過儀礼として機能している。 コンタクトリスト方式には通過儀礼がない。 しかし通過儀礼がないからこそセカイとしてのインターネットを想像できるんじゃないかと思う。

ここで私の最初の印象に戻る。 ある人が特定ツール・サービスでプライバシーを晒す動機が, そのツール・サービス自体にあるかのような物言いはにわかには信じがたい。 しかし, 既にある人的ネットワーク内のコミュニケーション手段としてあるツール・サービスを使うとき, そのツールが外部に開かれていると想像できるだろうか。 そういう懸念を想起してしまうのが最近流行らしいプロフィールサービスである。

けど, その話は別の機会に。