『数学ガール』を読む

no extension

ちょっと個人的に凹むことがあって 『数学ガール』 の感想文は後回しにしようと思ったけど, やっぱ書いておくことにする。 私は忘れるために書く。 でも書いたものは Web を巡り巡っていつか還ってくる。

『数学ガール』 の物語の部分の感想はパス。 いや, 面白くないというわけじゃないんだけど(っていうかメチャメチャ面白かったけど。自分の学生時代を思い出しちゃった), 物語の部分はきっと他の人がちゃんとした書評を書いておられるだろうし。 それより今回この本でとても面白い体験をした。 まるで私の頭の中にこの本を読む2人の読者がいるような感じ。 私は注意力散漫な人間なので, あることをしながら別のことを考えるというのはしょっちゅうあることなのだが(まぁ妄想というのはそんなものである), ひとつの本に向かって思考がパラレルに展開しつつ収束していくという不思議な感覚を味わった。 パラレル思考の一方の端は物語を楽しんでいる自分(やっぱ人生王道は学園ラブコメだよね by 竹本泉), そしてもう一方の端はこれから書く。 以降,ネタバレを多く含む可能性があるので, そゆのが嫌な方はここから先は読まないほうがいい。 あと他人の妄想に寛容でない方も(笑)


「言語型思考」という言い回しがある。 しかし, ちなみに私はこういう方面には詳しくないのだが, (意識や無意識といったものならともかく)言語に束縛されない「思考」などありえないだろう。 何故なら「思考」とは内なる私との対話だからだ。 対話である限り両者を繋ぐためのプロトコルすなわち言語が必要なのである。 ってなことを最近考え出したのには訳があって, それは野尻抱介さんの『太陽の簒奪者』を読んだからだ。 この本はいわゆる「ファーストコンタクト」ものだが, そこに出てくる地球外知的生命とミルカさんたち3人がどうしてもダブってしまうのだ。

まず「思考」の異質性。 私は高校時代は理系クラスで国語や英語より数学や物理が得意な人間だったけど, 数学を数式を言語だと思ったことはなかった。 あくまで数学は物理学の理解を助ける道具に過ぎなかったからだ。 もうひとつは言語という名のプロトコルとしての数学の効率のよさと美しさ。 『数学ガール』 の凄さのひとつはまさにそこで, 数式を使って叙事詩や抒情詩を奏でられる人はそうはいまい。

そういえば 『数学ガール』 の中盤あたりでピアノの演奏シーンが出てくる。 その音律(の構成)を聴けば, それが実は「エッシャーの騙し絵」の音楽版だと分かる。 「エッシャーの騙し絵」については『日経サイエンス』の2007年01月号に特集記事があるのだが, あれを読めば「エッシャーの騙し絵」が緻密に計算されたものだと感動するだろう。 私はそのときの感動を 『数学ガール』 を「聴く」ことによってまた味わうことができた。

「思考」という対話を実現できればいいのなら, そのプロトコルたる言語は日常会話で使う言語に縛られる必要はない。 ある人は数式的思考をするかもしれないし, 別の人は音律でもって思考するかもしれない。 さらに別の人はもっとうぎゃぐぎゃしたものを妄想させているかもしれない。 しかしその脳内言語を他人との「会話」でも使えればもっと楽しい筈である。 『数学ガール』 の「僕」が経験していったことはまさにそういう過程であった。 それは「思考の拡張」という体験だ。 それができる「言語」はそんなに多くない。 脳内の思考スピードに追随でき, なおかつ他人ともコミュニケートできる「言語」。 数学にはそれができる。 少なくともそう思われている。 そうでなければ「アレシボメッセージ」に素数パターンを織り込もうなんてことは考えない。

そう考えると 『太陽の簒奪者』 において地球外知的生命と AI であるナタリアが「繋がって」しまったこともごく自然に感じられる。 コミュニケーションとは Web を形成することなのだ。 ならば逆に, 形成された Web には何か知性が宿ったりするのだろうか。

そういえば Google は何か言ってなかったか。 世界中の情報をグラフ化するとかどうとか。 もし地球の外から今の地球を見たとき, 観測できる「知性」はただひとつしか存在しないかもしれない。 「The Net」を自称する「知性」。 ネットを構成する素子(=ヒトやコンピュータ)には決して認識できない存在。 もとよりヒトごときがネット上の「創発」を認識することなどあり得ないのではないのか。

以上, 妄想おわり(笑)

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数学ガール
結城 浩
ソフトバンククリエイティブ 2007-06-27
評価

数学ガール/フェルマーの最終定理 プログラマの数学 Short Coding ~職人達の技法~ いかにして問題をとくか スーパーコンピューターを20万円で創る (集英社新書 395G)

by G-Tools , 2008/09/14

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太陽の簒奪者 (ハヤカワJA)
野尻 抱介
早川書房 2005-03-24
評価

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