行動を「名寄せ」しようとするレコメンデーション

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例によって Tumblr での話をまとめてみる。 っていうか, いろいろ勘違いしていた部分もあって, 私の中で思考が右往左往してしまい収拾がつかなくなってしまったので, これを書きながら一度整理してみようという試みである。

きっかけは以下の記事。

記事を読めば分かるが, ここで言う「インタレストマッチ」はターゲティング広告を指している。

「インタレストマッチは、Web ページ閲覧中のユーザーの興味・関心にマッチした広告を配信する、いわゆるコンテンツ連動型広告に近い。しかし、これまでのコンテンツ連動型広告は、 Web ページのコンテンツを解析しページの内容に合った広告が自動的に配信されていたのに対し、インタレストマッチは、それに加え、過去の閲覧ページや直前の検索履歴、性別・年代・地域などのユーザープロパティ情報、配信の曜日・時間帯を加味し広告が配信される。すなわち、これまでのコンテンツ連動型広告に比べ、さらにターゲティングの絞り込まれた、高い効果を見込める広告と言えるだろう」

ターゲティング広告自体は昔からある。 不特定多数に満遍なく露出させるのではなく, より対象を絞り込むことで(ターゲティング), 消費者によりリーチしやすい広告展開を行うのがターゲティング広告である。 これが旧来のマスメディアを使った広告との差別化になっていて, それ故に各サービスプロバイダは自サービスにターゲティング広告を組み込もうとするわけだ。

ターゲティング広告には色々なやり方がある。 いちばんありふれているのは「サイト・ターゲティング」と呼ばれる手法で, コンテンツ連動型広告なんかがこれに当たる。 またブラウザ閲覧者(以降「ユーザ」と呼ぶ)のプロパティ(属性)を使うターゲティング広告もある。 mixi のターゲティング広告はこのタイプだ(ここを私が勘違いしてしまったのが混乱の始まりなんだよなぁ)。 サイト・ターゲティングはあくまで表示されるコンテンツと連動したものだし, プロパティを使ったターゲティングも特定のサービスの中のみで行われるのが建前である。

これに対し, cookie 等を使ってユーザ(厳密にはユーザが使用するブラウザ)を特定し, サイト・サービスを跨いでユーザの行動を追跡するのが「行動ターゲティング」だ。 「行動ターゲティング」でもっとも有名な(悪名高い)のが web bug である。 これが発覚した当時, web bug はかなり議論になっていて, アメリカのプライバシー保護団体は web bug を検出するツールを公開したりと大変なことになっていた。 web bug の評判が悪かったのは追跡用のオブジェクトに不可視の画像データを使っていたからだ。 このオブジェクトをページ上に置いてユーザに踏ませることで隠密裏に行動履歴を収集していた。 文字通りの「bug (盗聴器)」(っていうかソナーかな?)だったわけだ。 今でも基本的に「行動ターゲティング」のやり方は web bug と同じだけど, かつての批判を受けて, こっそり収集するようなことは少なくなった。 そこで今では web bug ではなく web beacon と呼ばれている。 web bug あるいは web beacon による特定のサイト・サービスを超えた情報収集は, プライバシーの観点からは確かにリスキーではあるけれど, 行動履歴のキー情報(識別情報)が実際のユーザの固有情報と結びつかないのであれば許容できなくもないかもしれない。

さて, ここでもう一度「インタレストマッチ」の内容を見てみると, 上で述べた3つの手法が全て取り入れられているのが分かる。 しかもユーザ情報(識別情報と属性情報)と行動履歴情報が結合してしまっているのが凶悪である。 Yahoo! Japan はサービス内においては既にターゲティング広告を展開していて, 今回の「インタレストマッチ」を加えることで更なる相乗効果(サービスの外への影響力の行使とより確実なターゲティング)を狙っていると思うのだが, 果たしてユーザはそれを許容するのだろうか。

行動ターゲティングとユーザ情報とのマッチングは今後増えていくものと思われる。 ケータイ分野では早速「iモードID」を使ったターゲティング広告事業が発表されている。 これは「iモードID」によって, ユーザが何のサービスに加入していなくても, ただ Web を巡回するだけで確実に契約者単位で情報収集されてしまう点が「インタレストマッチ」よりも凶悪である。

「NeoAdは、携帯電話の3キャリアで展開する広告サービス。広告のクリック履歴やリファラーを元にしたユーザーの行動分析や、掲載サイトのコンテンツ解析によるマッチングを元に広告を配信する。なおユーザーの行動分析は、NTTドコモが携帯電話番号に付与するユニークID「iモードID」を利用することで実現可能となったという」
ウノウ子会社のサノウ、「iモードID」などを利用したモバイル向け広告サービスを運用開始

海外で有名なのは Facebook Beacon だろう。

「Facebook Beaconとは、Facebookの友人がサイトで商品を購入するなど何らかの行動を起こした場合に、それが友人に通知されるという機能。SNSの新たな広告キャンペーン戦術として注目されていたものだ。しかし、気が付かないうちに自分の行動が友人に通知される可能性があることから、プライバシー団体や一部のユーザーから激しい反発を受けていた」
米Facebook、物議を醸していた「Beacon」プログラムを変更

Facebook は Facebook Beacon をオプトアウト方式で提供していた上に無効にする設定が分かりにくい状態になっていた。 ユーザの反発を受け Facebook は Facebook Beacon をオプトイン方式に変更せざるを得なかったらしい。 この辺は佐々木俊尚さんの以下の記事が参考になる。

この記事では Facebook Beacon をレコメンデーションの一種とみなして分析されている。 自分の行動を口コミ情報として自動的にばら撒いていく Facebook Beacon はまさに「Viral Marketing (感染性マーケティング)」を文字通りに実装してしまった感じである。

自分の好きなものや興味のあるものに関連する商品を「おすすめする」といえば聞こえはいいが, レコメンデーションというのはぶっちゃけて言うなら「印象操作」の一種だ。 日本学術会議の報告 「電子社会における匿名性と可視性・追跡可能性-その対立とバランス-」(PDF) によれば, 現代的プライバシー権は 「自己情報コントロール権」(right to control one's own information) なのだそうだが, 自己情報をコントロールできるどころか自己情報によって(環境管理型に)コントロールされてしまっているというのは皮肉な話ある。

おそらく Facebook が目指しているのはユーザの囲い込みと(環境管理型)コントロールであるが, 同じことは Yahoo! Japan にも言える。 佐々木俊尚さんの2006年の以下の記事では Yahoo! Japan が目指しているものがはっきり分かる。

要するに mixi のような SNS が持っている「友達関係ダイアグラム」の機能を Yahoo! Japan にも持たせて, ユーザおよびユーザが吐き出す情報の囲い込みをやろうとしているのである。 この方針が現在も変わらないのなら, 「インタレストマッチ」を得た Yahoo! Japan が Facebook Beacon のような口コミ型のレコメンデーション機能を実装してくるのは時間の問題だろう。 「行動ターゲティングとユーザ情報とのマッチング」にはこれほどの破壊力があるのである。

ネットにおいては「流通」の意味が変わりつつある。 ネット以前における「流通」とは「経路(routing)」の問題であったが, いまや「流通」とは「注目(attention)」の問題を指す。 私に言わせれば DRM やユーザや情報の囲い込みに固執するサービスプロバイダは, かつて流通が経路問題だった頃の残滓を捨てきれない懐古趣味者である。 「口コミ」にしても, それがオープンな場で展開されるから情報として価値を生むのであって, 管理された場で無理矢理起こす「口コミ」なんてのは所詮「感染性マーケティング」に過ぎない。 問題は, そんなもんを「利便性」と称し, 更に「利便性とのトレードオフ」という言葉を盾に「自己情報のコントロール」を手放すことが本当にユーザにとってベネフィットになっているのか, ということだ。 それこそ「印象操作」ではないのか, というのが目下の私の懸念である。