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監視をコントロールする

覚え書きとして。

「知的財産法政策学研究」28,29,30号にて Jonathan ZITTRAIN の論文の邦訳が公開されている。

DRM (デジタル著作権管理)は技術的保護手段による利用の制限から電子指紋などを使った流通の監視へとシフトしつつある。 少し前の記事だが「コピーに自由を ―生まれ変わるDRM―」では電子指紋を使った著作権管理について紹介している。

また日本でも同様のサービスが始まっている。

もともと技術的保護手段による利用制限は問題を抱えていた。 「技術的保護手段」としては暗号技術を用いるのが普通だが

「公開鍵暗号系を含め、暗号通信の肝というのは結局復号に要する鍵が正当な受け手以外の攻撃者に渡らないということなのだが、DRMの場合は言ってみれば正当な受け手がすなわち攻撃者なのであって、そもそもこの時点でロジックが破綻している」 (「オープンソースDRM」の不可能性について

点が問題だった。 さらに言えば

「DRMの最大の問題は、それがユーザーの利便性、コンテンツの正当な利用さえも損なうことです。特定の動作環境への依存を強いられ、その技術の恒久的な利用が保証されない」 (電子書籍にDRMは本当に有効か?

という問題がある。 これらを考え合わせれば技術的保護手段から流通の監視へと DRM がシフトしていくのは自然な流れと思われる。 そして,そうした変化に伴い,ゲートキーパーの役割も増大していく。

ゲートキーパーとは 「他者のコンテンツを伝達し、ホスティングし、インデックス化するなど、さまざまな形で媒介を行う者」 を指す。 さらにゲートキーパーには2種類あって, 「個人の行動に対する規制に力を貸すよう媒介者を徴用する試み」を「伝統的ゲートキーパー」と呼び, 「個人を特定したり個人の行動を規制したりすることを促すように技術自体を変化させる試み」を「技術的ゲートキーパー」と呼ぶ。 ネット上のゲートキーパーは主に後者のほうだ。 ネット上の(法的あるいはアーキテクチャ上の)規制において, これまでゲートキーパーがどのような立場をとってきたか確認するためにも「オンライン上のゲートキーピングの歴史」は読んでおいたほうがいいだろう。

さて, ここまで書けば(ゲートキーパーによる)監視は著作権問題だけに関わるものでないことには気づくであろう。 技術的ゲートキーパーの定義が上のようなものであるなら, ISP や OSP, 検索サービスや携帯電話事業者などはみんな技術的ゲートキーパーになりうる。 彼らはユーザの行動を監視し, さまざまな名目でフィルタリングやゾーニングを行っている。

昔であれば監視についての議論はその実装の是非を問うことだったが, 今はそう単純ではなくなっている。 監視者が権力であれば是非を問えばよかったが, 今では一般ユーザが監視の恩恵を受けるケースもありうる。 その場合は単純に是非を問うだけでは解決しない。 したがって, その議論も監視の是非から監視を如何にコントロールするかにシフトしていくべきだと思う。

制限から監視へとシフトしていったのは, 監視技術の実装が昔に比べて容易になってきたこともあるだろうが, 最大の理由はビジネス上の需要が増大したからだ。 ぶっちゃけて言えば監視は金になるのである。 つまり, これからのゲートキーパーは以前とはインセンティブが異なる可能性がある。 これを象徴するのが DPI 行動ターゲティング広告の容認だ。

(これはプライバシー(権)の議論とも関連してくる。 が,残念ながら日本ではプライバシーに関する議論は皆無といっていい。 それどころかプライバシー(権)の概念自体がいまだに欧米からの借り物レベルにとどまっている。 つまり議論の土台すらないのだ。 たとえば「公開されたプライバシー」といった議論は日本からは出て来ない。 これはかなり危ないことのように私には思えるのだが, どうなるやら)