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震災お見舞い申し上げます

まずは,東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)で被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

あれから1週間以上経つ。 何度かブログ記事にしようと思ったが敢えてしなかった。 直接被災された方々ほどではないにしろ,テレビ等の映像は広島から見ていても相当なインパクトを食らった。 そこから精神的なバランスを取り戻すのに結構時間がかかってしまった。

災害躁病というのがあるそうである。 精神科医の風野春樹さんが1999年の「読冊日記」で紹介されている。

「きのう触れた「ボランティア躁病」は、神戸の複数の病院の先生方が学会で報告しているもの。「災害躁病」という報告で、保坂卓昭はこんな事例を紹介している。
 震災の惨状をテレビで見て、北関東から神戸に駆けつけた29歳のA氏、泊まり込みでボランティアをしていたが、トラブルを起こして一旦は家に帰る。しかし震災16日目に再度神戸を訪れるが、またも暴行事件を起こし、翌日には川に飛び降りる行為を繰り返し、とうとう入院になってしまった。入院後も攻撃的で暴力があったけれど、治療によって鎮静化、入院20日目には退院して帰省することができた。しかし退院して16日後、またも軽躁状態で神戸を訪れ、5日間入院。
 テレビの中の廃墟の風景を見て、不謹慎にもわくわくしてしまう気分はわからないでもないが、なんともはた迷惑でお気楽としかいいようがない。
 さらに被災者の中にも躁状態になる例が多く、神戸大学精神科では、震災の影響を受けた入院事例では、精神分裂病よりも躁うつ病の躁転が多かったそうだ。兵庫医科大学でも、躁うつ病の通院患者53名のうち、震災後1ヶ月の間に12名が躁状態になったが、前年の同時期では3名にすぎなかったという。こちらは、震災のショックからの防衛機制という要素が強いようだ。
 性格的には、「ボランティア型」は共感性、正義感が強く熱中巻き込まれ型(きのうのマニー型に近いかな)、「被災者型」は几帳面、まじめな性格が特徴的だったそうな。」

この事例ほど極端でなくてもテレビの衝撃的な映像を見て「自分も何かしなくちゃ」という思いに駆られる人も多いだろう。 でも衝動的なボランティア参加や物資の送付などは思わぬところでトラブルを招くこともあると聞く。 被災地外の私たちは,こういうときこそ冷静になって行動する必要がある。

幸い,現在では救援の動きは色々と起こっている。

私の住む広島では早い段階から救援の動きを始めている。 広島県知事である湯崎英彦さんの Tweet を紹介すると

「広島県からは、消防ヘリ、消防車両及び人員、医療チーム、警察援助隊等を派遣開始しています。食料・物資等は近隣県から順次遠方件に依頼が来ることになっており、トラック輸送含め依頼あり次第送れるよう準備中です。」
2011年3月12日 9:41:49
「放射線関連では、広大から既に医師が支援に出ているほか、放射線被曝者医療国際協力推進協議会でも待機態勢を取っています。」
2011年3月13日 14:07:50

という感じでかなりすばやい動きをしているのが分かる。 更に3月14日から日本赤十字社広島県支部で「東北関東大震災義援金」の受付を開始したのだが,これについて

「広島県では、赤十字広島支部への県民の皆さまの義援金に対し、同額をマッチングさせて拠出することにより、皆さまのお気持ちを倍にして現地にお届けします。」
2011年3月19日

ということで,県からも最高1億円まで拠出する用意があるらしい。 また,広島経済新聞によると,広島県および広島市で民間企業・団体や個人から支援物資の受付を開始したそうな。 広島側で取りまとめて発送するという点がポイントね。 他にも住宅支援の準備も始まっている。 いやぁ,今回ほど広島という土地に住んで税金を払っていることを誇りに思ったことはないよ。 実際,かつかつの生活で支援できることなんか何もないよう,と思ってる人も多いだろうけど,広島在住者なら大丈夫。 (いや,他の自治体でもいろいろやっておられると思う。気になる方は調べてみるとよいだろう)

一方で義捐金絡みの詐欺なんかも横行してるみたいなので気をつける必要がある。 個人的な考えだが,街頭募金など素性のよく分からないところがやっているものは避けたほうがいい。 どうせやるなら日本赤十字など素性が明らかで寄付の使途の明細がちゃんと公開されている(これは当然のことだが寄付した金額の100%が相手に渡るわけではない)ところに直接寄付して領収をもらうべき。 また認定NPO法人や特定公益増進法人(公益の増進に著しく寄与する特定の法人)への寄付は税金控除の対象になる。 ちなみに日本赤十字への寄付は特定公益増進法人への寄付として控除の対象になる。 そういえば漫画家の赤松健さんが

「私は、「応援のための絵」とか、そういう即興芸術っぽいことは苦手なので、せめて「募金の額」で貢献したいと思います・・・。」
2:46 PM Mar 13th

と言われていて,一部で「節税目的かよ」とかつっこまれているみたいだが,寄付が控除の対象であることにはちゃんと意味がある。 「寄付する前に立ち止まれ」で書かれているが,「寄付というのは本質的に「“公共のためのお金の使途”を一部、自分で決める行為」である」。 税金の使い方は個人の意志は反映されない。 あくまでも国家の意思にもとづいて使われる。 でも寄付なら個人の意志が直接反映されるのだ。 今回の震災を機会に寄付について改めて考えてみるのもいいかも知れない。 その際は是非,先ほど紹介した「寄付する前に立ち止まれ」を一読して欲しい。

私が経験した最も大きい地震は2001年の芸予地震だ。 あのときは M6.7 で,私が住んでいたところの震度は5強だった。 当時のことは日記でこう書いている

「逆に言えば,今回の地震がどのように報道されているか,当事者の立場から観れる貴重な機会であった。しかしTV報道は当事者にとって殆ど役に立たなかった。マスコミは地震の規模や被害をセンセーショナルに語るだけで,当事者が一番欲しい情報 (私のいる「地域」は「今」どうなってるのか) が殆どなかった。マスコミの報道はマクロ過ぎて状況が把握しきれないのだ。おまけに,今日のワイドショウなどもちらりと見たが,現時点において既に地震報道そのものがショウアップされてしまっている。
やはり備えるならラジオであろう。 TVは (たとえ見れても) 役に立たない。」

今回はこの教訓を踏まえて NHK 以外のチャネルは意識的に見ないようにしてた。 情報を摂取するチャネルを絞るのは危険な部分もあるが,今はネットがある。 個人的には(幸いに安否情報は必要なかったので) NHK のテレビ報道と Twitter と Tumblr でほぼ事足りた(情報補完の目的で Google News はチェックしていた)。 テレビ報道はセンセーショナルな映像に偏る傾向があるが,ざっくりとした情報を早く取得するのには都合がいい。 Twitter は,デマを含め,かなり雑多な情報が飛び交うが,うまく選別すれば有用な情報をタイムリーに捕まえることができる。 「ストック」と「フロー」の分類でいけば Twitter は最速フローの情報だ(最速ゆえにモデレートする暇はない)。 Tumblr はストック情報に近い(ただし多数の follow を抱えてる人の Dashboard はきっと Twitter 並に速いんだろうけど)。 日本では Quote ポストが非常に多いが,情報元を確認しやすいという意味では Tumblr の Quote はとても便利である。 同様に Facebook のリンクも使い勝手がいい。 それぞれのメディア・サービスの特性を組み合わせれば個人レベルでもかなりの情報を取得できる。

ただし,こうやって複数のメディア・サービスを駆使できるのは被災地外の人たちだ。 大きな被害を受けたところでは使えるメディアは限られてしまう。 災害がおこったとき,自分の身の安全を確保した後に行うのが安否情報の通知と確認ではないだろうか。 自分たちが(物理的にも情緒的にも)孤立していないと感じられることはとても大事だ。 極限状況で情報メディアができることは何があるのだろうか?

(ついでにボソッと書いておくが,この機に乗じてあらゆる意味で言論統制(批判と統制は別だよ,念のため)を行おうとするものは滅びろ! と言いたい)

今回の震災にはとんでもないおまけがついていた。 福島第一原発の被災である。 原発がこれほどの被災を受けるというのは日本では初めての経験であろう(まぁ事故はいろいろあるけど)。 正直,地震国日本でも M9 レベルの地震が起きることは滅多にないはず。 日本の原子炉が M9 レベルの地震に備えた設計になっていないという批判があるが,それは間違いだと思う。 もちろん M9 レベルの地震が日本で今後頻発するという予測があるのなら備えなきゃダメだが,そうでないのなら現状でも大筋で妥当だと思う。

環境問題というのはライフサイクルで考えないとダメである。 原発でいうなら建設・運用・廃炉に至るまでの一連のプロセスで考えないといけない。 しかも原子炉の寿命はたかだか4,50年と言われている。 そして原発は廃炉後も長い期間にわたって管理されなければならない(ただし廃炉後30年で同じ場所に新たな原子炉を稼動させるというやり方もあるらしい。現実的かどうかは知らないが)。 そのライフサイクルの中で地震によるリスクをどのように考えるかが非常に重要になる。

もうひとつ原発関連で問題になっているのが放射性物質の漏洩・放出だ。 マスメディア(テレビ・新聞系)の報道では放射線量のピーク値ばかり強調するが,今回のようなレベルでしかもピーキーな変化ではピーク値はあまり意味がない(現場で作業しておられる人は別)。 ましてやチェルノブイリとの比較とか意味が無いし。 東京都民がパニクってんじゃねーよ!

放射線被爆は放射線の量が関係する。 つまり(量で測れるということは)これはリスク管理の問題なのだ。 私たちは原発や放射線被爆に関するリスクについて正しく学ぶ必要がある。 そうしなければ今回のケースを他の原発に対して正しく応用することができなくなってしまう(国内のみならず世界全体でも注目されているケースのはずである)。 個人的にはとりあえず以下のサイト・ページを参照しておくことをお勧めする。

ところで,原発被災によるリスクについて政府は国民に正しく伝えているだろうか? どうも政府はリスク伝達に失敗しているように思えてしまう。 対象について知らされないこと,あるいは複数の情報源から矛盾した情報が与えられることは受け手の「リスク不安」を増大させる。 これを防ぐには,情報源を一本化し,「ファクト(科学的事実)」をありのままに分かりやすく伝えていくしかない。 記者会見で,中身のない演説をぶちあげたり,情報を小出しにしたり,データをただ羅列するだけでまともなリスク評価もないようでは,国民は不信感を持って当たり前である。 政府や専門家はちゃんと「リスクコミュニケーション」について勉強しろ! と言いたい。

ついでにもうひとつ政府に対する不満を挙げるなら,この非常時に政府のリーダーシップがまるで見られないことである。 リーダーシップってのは要するに「決断することを引き受ける」ことである。 官僚や地方の役人は決断しない。 それは彼らの役目ではない。 決断するのは政府,内閣,首相の役目なのだ。 怒鳴り散らして他者のせいにしてるような政府では到底この難局を乗り切れないだろう。 日本の政治家は全員,小川一水さんの『復活の地』を読め! と言いたい。 字を読むのが苦手ならコミック版もあるぞっと。

阪神大震災でも復興までに長い時間がかかった。 今回の震災では更に時間とお金がかかるだろう。 私たちは長い目で日本を立て直していかなければならない。 その過程でほんのちょっとでも役に立つことがあればいいと思う。 私たちは復興の過程で「シェア(share)」の精神を学ぶべきだと思う。 シェアとは「分けっこ」することである。 私たちが持っているものを少しずつ持ち寄って「分けっこ」することで復興への道が開けると思う。 「分けっこ」することは文化の根幹なのだ。 この難局において験されているのはそうした「文化の根幹」であり,世界が今後の日本に注目するのはそこじゃないかと思ったりする。

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復活の地 1 (ハヤカワ文庫 JA)
小川 一水
早川書房 2004-06-10

復活の地 2 (MFコミックス フラッパーシリーズ) 復活の地〈3〉 (ハヤカワ文庫JA) 復活の地③ (MFコミックス フラッパーシリーズ) 第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA) 時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)

by G-Tools , 2011/03/19