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「揺れる原子力の将来」を読む

ここに2冊の雑誌がある。 『日経サイエンス』の2006年12月号と2011年7月号だ。 2006年12月号の特集は「エネルギーの未来」で,その中に「原子力を生かす道」という記事がある。 SCIENTIFIC AMERICAN の “The Nuclear Option” という論文の翻訳だ。 一方,2011年7月号の特集は「揺れる原子力の将来」だ。 この特集の各記事は論文というよりは報告・提言の体裁をとっている。

あの巨大地震から3ヶ月が過ぎた。 政局は相変わらずグダグダだが,私たちまでそれに付き合う必要はない。 現地の皆さんは今も大変な状況だとは思うけど,それ以外の私たちはそろそろ今回の事態(地震・津波・原発事故)にちゃんと向きあって先に進まなければならない。 今回は上述の2つの雑誌を手がかりに原発について考えてみる。 読んでる方々の中には「今さら!」と思う方もいるでしょうが,私用の覚書ということでご寛容の程を。

まず,今回の地震の震源に近い原発は以下のとおり。

  • 東北電力女川原発(3基)
  • 東京電力福島第1原発(6基)
  • 東京電力福島第2原発(4基)
  • 日本原子力発電東海第2原発(1基)

今回の事故は「想定外」の津波が来たことが要因のひとつとされているが,各発電所における津波の想定波高と実際の波高は以下のとおり。

発電所想定波高実際の波高
女川原発9m13m
福島第1原発6m15m
福島第2原発5m7m
東海第2原発5m弱5m強

※ 東海第2原発では想定波高を6mに上げて改修中だった

こうした状況の中で福島第1原発の4基だけが深刻な事故を引き起こしたことは(福島第2原発も実は結構ヤバかったけど)注目すべき点である。 比較的少ない被害で済んだ炉とそうでない炉との差は何か,を分析することは今後の役に立つことだろう。

ところで事故が大々的に報道される中,こういう疑問を抱かなかっただろうか。

「発電所が停止中にもかかわらず,状態を維持するのに電力が必要というのは発電所としては欠陥なのではないのか?」

実際には海水ポンプも電源も失われた状態であっても緊急用の冷却水槽(隔離時復水器)によって維持されるらしい。 しかしこの機構は長時間の電源喪失を「想定」したものではなかった(緊急用の冷却システムは8時間を目安に設計されているそうだが,福島第1原発の1号機の場合はもっと短時間に機能が失われたようだ)。 この問題については既に把握済みのようで,原子力安全・保安院が全国の原発に対して調査をおこなっている。 それによると,外部電源が失われた際に復旧に時間がかかる原子力発電所と再処理施設が6箇所あることが分かっている。

「9日、原子力安全委員会に提出された報告書によると、これらの発電所・施設は日本原子力発電敦賀発電所2号機、四国電力伊方発電所1、2号機、東北電力東通原子力発電所、電源開発大間発電所、日本原燃六ヶ所再処理施設、日本原子力研究開発機構東海再処理施設。 一つの変電所からのみ電力を供給されているか大元が一つの変電所であるため、外部電源が失われた際に復旧に時間がかかるとされた。 このうち、敦賀発電所2号機と伊方発電所1、2号機については、二つ以上の変電所から受電する対策を講じる、とそれぞれの電力会社が報告している。 残りの4発電所・再処理施設については、送電切り替えにより電源喪失の早期復旧を可能とするという対策が示された。 原子力安全・保安院は、これら事業者から示された対策を、いずれも妥当な対応と評価している。」 (via 外部電源復旧に時間かかる原発・再処理施設6カ所

(これって本当に「妥当な対応」なのかね。 福島第1原発の外部電源が失われたのは地震で送電鉄塔が倒壊したからなのだが,そこまで見越した上で「妥当な対応」と言っているのだろうか。 ちなみに『日経サイエンス』 2011年7月号ではアメリカのAP1000型炉を紹介しているが,このタイプ(受動安全炉)では電力や人の操作を介さずとも3日は冷却機能が働くらしい)

優れたシステムというのは「失敗しないシステム」ではなく「上手に失敗するシステム」である。 原子力災害対策本部が IAEA 閣僚会議に提出した調査報告書でも「シビア・アクシンデント(過酷事故)」に対する備えが不十分であることを認めてる。

例えば,今回の事故ですっかりおなじみの言葉になった「ベント」だが,欧州の原発ではベントが必要になる場合を想定しベントで放出される気体から放射性物質を除去するフィルタ施設がある。 一方日本の原発では,ベントの機構自体はあるもののベントを行うことは「想定」されてなかった。 故に日本の原発のいずれにもベントに対するフィルタはない。 もしフィルタがあればもっと早くベントを決断でき,結果的に被害を軽減できたかもしれない。

過去に起きた問題を再び起こさないように対策することを「再発防止」という。 一方,システムに隠れている問題を抽出し対策することを「未然防止」という。 今回の事故は色々「想定外」だったかもしれないが,「想定外」に対応できなかったということは未然防止が出来ていない証拠である。 まっとうなエンジニアなら物事を「異常系」から考える。 例えば津波の想定波高が6mなら,6mより大きい津波が来た際にどう対処するか考えるのが正しい設計なのである。 (何故なら「想定波高6m」というのは6m以上の津波が「来ない」という意味ではなく,6m以上の津波が「来る確率が低い」ということに過ぎないから。 ここでリスク評価およびリスク管理が重要になってくる。 が,リスクの話は改めて)

さて,原発を使うことのベネフィットは何だろう。 『日経サイエンス』 2006年12月号の特集では原発をこう位置づけている。

  • 世界の電力消費量は2050年までに現在の2.6倍に拡大すると予測される。
  • 数百カ所の原子力発電所を建設すれば,CO2の排出を大幅に増やさずに,こうした需要に応えられる。
  • それには経済性の高い新型の原子炉や,放射性廃棄物の貯蔵計画,核拡散の防止策が必要になる。

まぁ最後のは原発に対する要求だけど,要するに増大する電力需要とCO2排出抑制を同時に達成するには原発が必要である,という位置づけである。 もし巷で騒がれているように日本が脱原発を目指すなら,それに代わるものを当てはめなければならない。 (例えばそれが「再生可能エネルギー」だとして,単に発電技術だけではだめだ。 原発に取って代わるには大きな電力を安定的に供給できる手段が必要になる。 そのためには蓄電技術とか(電力を効率的に供給するための)スマートグリッドのような技術などを併せて考えていく必要がある)

人によっては「節電すればいいぢゃん」と言う人もいるかもしれない。 しかし節電は(短期的にはともかく,長期的には)問題の解決にならない。 例えば現在,東北・首都圏のみならず関西でも「節電モード」に入ろうとしている。 電力を大量に消費する企業は仕方が無いのでリソースを海外に移転せざるを得ない(情報システム部門は国内のデータセンターを諦めて海外のクラウドサービスに切り替えるかもしれない。それはそれで興味深いが)。 でも移転した海外で使用する電力が原発によるものであるなら,結局のところ原発のリスクを海外に転嫁してるだけということになる。 (そして毎度のことながら,リスクをとったほうが最終的に勝者になり,敗者は「私たちは剥奪されている」と恨み言を言うわけだ)

20世紀の私たちは環境リスクを「外部」に押し付けることで安心と快適を得てきた。 でも21世紀の私たちにそれは許されない。 環境リスクを引き受けた上で他の多様なリスクとともにリスクを最適化し,持続的な発展を目指さなければならない。 そして環境問題とエネルギー問題は今や表裏の関係にある。

個人的にこの場で「こうすべき」とか言うのは避けるが,その場しのぎの政局運営でつまらない政治判断だけはしないでいただきたいものである。

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日経サイエンス 2011年 07月号 [雑誌]
日本経済新聞出版社 2011-05-25
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Newton (ニュートン) 2011年 05月号 [雑誌] 朝日新聞縮刷版 東日本大震災 特別紙面集成2011.3.11~4.12 The Japan Times Special Report  3.11 A chronicle of events following the Great East Japan Earthquake 英文版 東日本大震災特集 週刊 ダイヤモンド 2011年 5/21号 [雑誌] 岩手日報社 特別報道写真集 平成の三陸大津波 東日本大震災 岩手の記録

by G-Tools , 2011/06/15

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日経サイエンス 2006年 12月号 [雑誌]
日経サイエンス 2006-10-25
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by G-Tools , 2011/06/15

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環境リスク学―不安の海の羅針盤
中西 準子
日本評論社 2004-09
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食のリスク学―氾濫する「安全・安心」をよみとく視点 環境リスク論―技術論からみた政策提言 水の環境戦略 (岩波新書) 選択―リスクとどう付き合うか 演習環境リスクを計算する

by G-Tools , 2011/06/15