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『ソーシャルシフト』を読む

楽しみにしていた『ソーシャルシフト』が届いたですよ。 今回はつまみ食いのような形で思いついたことをポツポツと書いていってみる。

『ソーシャルシフト』は

『ソーシャルシフト』はまっとうなビジネス書である。 奇っ怪な用語だか隠語だかをこねくり回した哲学や社会学の本とは違うし,本屋のビジネス書棚にありがちな自己啓発本でもない。 単純に読み物として読んでも楽しめるが,詳細に読み込んでいくなら実用書としても優れていることが分かる。

もうひとつ重要な点は,この本が日本人によって日本の(ビジネスシーンの)ために書かれたものであるということ。 これ,本当に重要。 似たようなコンセプトの本は翻訳本では何年も前からある(例えば『ウィキノミクス』)のだが,それらは(当たり前だが)日本を念頭において書かれているわけではない。 大抵は米国,せいぜい欧州までが対象となっている。 だから,たとえ本の内容に共感できたとしても,それを実際に応用しようと思ったら「もう一捻り」必要になってくる。 『ソーシャルシフト』にはそんな「捻り」は必要ない。 本の内容に共感できたなら,すぐに実行に向けて行動できるはずである。

もうひとつこの本には大きな特徴がある。 「おわりに」を読めば分かるが,この本の執筆活動のかなりの部分は Facebook のグループ「ソーシャルシフトの会」において議論を進めながら行われた。 海外の本でそういう例はあるが(『Wikinomics』『CODE 2.0』など。こちらは Wiki ベースでの議論だけど)国内では聞いたことがない(私のアンテナ感度が低いだけかも知れないが)。 そして「ソーシャルシフトの会」の運営そのものが,「ソーシャルシフト」が何がもたらすか,その片鱗を示している。 つまり「ソーシャルシフトの会」の参加者は『ソーシャルシフト』リリース前に「ソーシャルシフト」を体験できたわけだ。 「ソーシャルシフトの会」は現在も継続中である。

『ソーシャルシフト』は3部9章で構成されている。 ハードカバーで360ページとかなり分厚いが,読むだけならわりとすんなり読める。 中でも読み応えがあるのは6章と8章だ。 6章は国内企業によるソーシャルメディアへの取り組みがかなり詳細に記述されている。 8章では企業が「ソーシャルシフト」を行うための6つのステップを示している。 このふたつの章を読むだけでも実際のビジネスに役立つ筈である。 もし「興味はあるけど買おうかどうしようか」という方は,(ちょっと反則的だし著者の意には沿わないかもしれないが)とりあえず立ち読みで9章を読んでみることをお勧めする。 そこには「今」起こっていることが生々しく書かれている。

「こちら側」vs「あちら側」の境界

『ソーシャルシフト』を読んでいて思い出したのが,梅田望夫×平野啓一郎両氏による対談本『ウェブ人間論』だ。 当時の感想は以下に書いている。

当時はまだ「Web 2.0」というバズワードが君臨していた頃で,さらに「日本でのネットはメタかネタ」だった頃である。 当時と今との差異は, Web 2.0 が陳腐化・後景化したこと,クラウドやソーシャルメディアが普及期に入ったことである。 今でも日本のネットの多くの場所では「メタかネタ」なのだが,そうでない場所もあらわれてる。 それはソーシャルメディアの中にある。

かつてネットは米国でさえも「リアルから地続きの異郷」だったけど,ソーシャルメディアが普及期に入ったことにより,ネットは「異郷」ではなくなった。 今やリアルとネットは完全に連接している。 もはや(梅田望夫さんがかつて言っていた)「こちら側」と「あちら側」を分ける境界線はなくなりつつある。 そして日本では,ネットが「リアルから地続きの異郷」である時代をすっ飛ばしてしまっているためにギャップが大きい。 そこに『ソーシャルシフト』が登場する理由がある。

なくなりつつあるのはリアルとネットの境界だけではない。 例えば,企業や経営者から見た「こちら側」と「あちら側」の境界,政府・官僚から見た「こちら側」と「あちら側」の境界,メディアから見た「こちら側」と「あちら側」の境界,といった(かつて versus 関係で表された)各境界が融解していき「過視的」とも言える状況を作り出している(『ソーシャルシフト』では「透明性の時代」と呼んでいる)。 『ソーシャルシフト』が示すのは,境界が取り払われた過視的な時代における経営であると言える。

(「過視的」に見えるのは「こちら側」と「あちら側」を versus 関係で対置させようとするからだ,とも言える。 そうした古い観念を捨て去ることが最初の一歩なのだろう。
そうそう,境界といえば私的領域と公的領域の混濁も問題になる。 特にソーシャルメディアは個人の Activity が集まるためプライバシーの問題が発生しやすい。 『ソーシャルシフト』ではこの点についても言及があるが,話がずれまくるのでここではしない)

ちょっと話が逸れるが「日本のセキュリティチーム」のブログに面白い記事があった。

「PCやUSBの持ち出しの禁止は、ファイアウォールが明確に外部ネットワークと内部ネットワークを分離されており、Good man IN, Bad man OUTである事を前提としている。 しかし、ITの利用形態の多様化により、このような単純なモデルでは実態を捉えにくくなっている。 特に、コンシュマー向け、ビジネス向けのクラウド利用が当たり前になっている現状では、内部ネットワーク、外部ネットワークの境界は、不明瞭になっている。」 (「2011年、これまでの事例にみる脅威とその対策 第3回」より)

このようにセキュリティに関しても従来の「こちら側」に閉じ込める統制型のマネジメントは意味を成さなくなりつつあるというのは面白い。 あるいは以前紹介した「「WikiLeaks 以後」における内部犯行者 vs 内部告発者」のように内部犯行(情報漏洩)者が内部告発者に逆転してしまう場合もありうる。 そういう意味でも「こちら側」と「あちら側」の境界は崩れてきていると言えると思う。

ソーシャルメディアに関わらないリスク

リアルとネットが連接し世の中が「過視的」になってくるとソーシャルメディアに関わらないことがリスクになってくる。 たとえば6章にはオウケイウェイブ武内さんのこんなコメントがある。

「ソーシャルメディアをはじめたほうがいいという点を強調したというより、炎上は企業がソーシャルメディアを活用するしないに関わりなく起こること、ソーシャルメディアと距離を置いていると、そもそも炎上に気づくこともできず、さらに拡大してしまうことなど、活用しないリスク、知識を持っておくことの必要性を説明しました」 (『ソーシャルシフト』 p.166 より)

(セキュリティの世界では既に常識だが)インシデント(incident)への対応で最も重要なのはとにかく早くレスポンス(incident response)を返すことだ。 とりあえず「問題を認識している」と言うだけでも事後の状況は変わってくる。 これは炎上(flaming)だけの話じゃなくて(炎上の際も「非が明らかな場合には、迅速かつ誠実に謝罪する」(p.221)とある),もっと日常的なトラブルや問題であっても同様だと思う。

Collective Intelligence

『ソーシャルシフト』では「ソーシャル・フィルタリング」を「信頼できる友人による「知っておくべき情報」の選別」(p.39)としている。 私自身はこの考え方に半分懐疑的である。 友人が信頼できることと友人がもたらす情報が信頼できることは別の事象だからだ(情報の信頼性は,その事実性または情報がフックしている知識に依るべき)。 故に「情報流通の基盤は web of trust の上に構築される」と考えている。 もっと言うなら個人にとって情報フィルタリングのポイントは「いかに上手く誤配の余地を残すか」だと思う。 誤配があるからこそ「セレンディピティ」の可能性もある。

しかし,繰り返すが,この本はビジネス書である。 ビジネスにおいて匿名的なソーシャルメディアはあまり重要ではないかもしれない。 むしろ Facebook のようなメディアを使っていかに知性を集めるか,つまり “Collective Intelligence”(集団的知性)が重要になってくる。 (だからこそ web of trust ではなく “bond of trust” なんだろうけど)

Web 2.0 の時代には “Wisdom of Crowds”(群衆の知恵,集団知)が重要視された(故に「衆愚」なんて言葉も出てきた)。 が,もともと “Wisdom of Crowds” は個々が自律していて周囲に影響を受けないことが前提となっている(市場予測とかがその対象)。 実際にはソーシャルメディアでそのようなことは(たとえ匿名サービスでも)あり得ない。 これからのサービスやプロダクトは,いかに上手く “Collective Intelligence” を実装していくかがポイントになると思う。

(参考: 集団的知性(Collective Intelligence)と、群衆の知恵(Wisdom of Crowds)の違い

最後に余談だが

実は私も「ソーシャルシフトの会」に途中から参加させてもらった。 仕事仲間の友人に「面白いことやってるから見てみて」と紹介されたのだ。 あまり貢献できたとも思えないのだが,過分にも「スペシャルサンクス」をいただいてしまった。 いやぁ,なんか申し訳ないような。

ちうわけで,「おわりに」のどこかに私の名前が載ってます。

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ソーシャルシフト―これからの企業にとって一番大切なこと
斉藤 徹
日本経済新聞出版社 2011-11-11
評価

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by G-Tools , 2011/11/17