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著作権法違反幇助被告事件(通称 Winny 事件)判決文

Winny 事件で最高裁が上告を棄却した際の判決文が公開されている。

以下,判決文の中から重要と思われる部分をかいつまんで紹介する。 私がそう思うだけなので,内容に興味がある方はリンク元の PDF を読むことをお勧めする。 (赤字は私が特に重要と思われる部分について色付けしたもの)

「刑法62条1項の従犯とは,他人の犯罪に加功する意思をもって,有形,無形の方法によりこれを幇助し,他人の犯罪を容易ならしむるものである(最高裁昭和24年(れ)第1506号同年10月1日第二小法廷判決・刑集3巻10号1629頁参照)。 すなわち,幇助犯は,他人の犯罪を容易ならしめる行為を,それと認識,認容しつつ行い,実際に正犯行為が行われることによって成立する。 原判決は,インターネット上における不特定多数者に対する価値中立ソフトの提供という本件行為の特殊性に着目し,「ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合」に限って幇助犯が成立すると解するが,当該ソフトの性質(違法行為に使用される可能性の高さ)や客観的利用状況のいかんを問わず,提供者において外部的に違法使用を勧めて提供するという場合のみに限定することに十分な根拠があるとは認め難く,刑法62条の解釈を誤ったものであるといわざるを得ない。」
「もっとも,Winnyは,1,2審判決が価値中立ソフトと称するように,適法な用途にも,著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり,これを著作権侵害に利用するか,その他の用途に利用するかは,あくまで個々の利用者の判断に委ねられている。また,被告人がしたように,開発途上のソフトをインターネット上で不特定多数の者に対して無償で公開,提供し,利用者の意見を聴取しながら当該ソフトの開発を進めるという方法は,ソフトの開発方法として特異なものではなく,合理的なものと受け止められている。新たに開発されるソフトには社会的に幅広い評価があり得る一方で,その開発には迅速性が要求されることも考慮すれば,かかるソフトの開発行為に対する過度の萎縮効果を生じさせないためにも,単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり,それを提供者において認識,認容しつつ当該ソフトの公開,提供をし,それを用いて著作権侵害が行われたというだけで,直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではない。 かかるソフトの提供行為について,幇助犯が成立するためには,一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認識,認容していることを要するというべきである。 すなわち,ソフトの提供者において,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合や,当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である。」
「これを本件についてみるに,まず,被告人が,現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,本件Winnyの公開,提供を行ったものでないことは明らかである。」
「そして,本件当時の客観的利用状況をみると,原判決が指摘するとおり,ファイル共有ソフトによる著作権侵害の状況については,時期や統計の取り方によって相当の幅があり,本件当時のWinnyの客観的利用状況を正確に示す証拠はないが,原判決が引用する関係証拠によっても,Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割程度が著作物で,かつ,著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであったというのである。 そして,被告人の本件Winnyの提供方法をみると,違法なファイルのやり取りをしないようにとの注意書きを付記するなどの措置を採りつつ,ダウンロードをすることができる者について何ら限定をかけることなく,無償で,継続的に,本件Winnyをウェブサイト上で公開するという方法によっている。 これらの事情からすると,被告人による本件Winnyの公開,提供行為は,客観的に見て,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い状況の下での公開,提供行為であったことは否定できない。」
「他方,この点に関する被告人の主観面をみると,被告人は,本件Winnyを公開,提供するに際し,本件Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者がいることや,そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認められるものの,いまだ,被告人において,Winnyを著作権侵害のために利用する者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており,本件Winnyを公開,提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めるに足りる証拠はない。」

というわけで,私の足りない脳みそで考えるに

  1. 1審2審に続いて最高裁でも Winny の技術が価値中立であることは認められている。
  2. Winny 利用者のうち 「例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高い」(4割程度)と認めうる。
  3. しかし Winny 作者の言動や開発過程などから見るに「提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われた」とは認められない。
  4. よって幇助には当たらない。

という流れのように見える。 これは結構微妙な話で,たとえば私は以前に

「ある人たちにとって「善かれ」と思って作ったものが本来のセグメントを越えて使われだしたとき,それでもそれは「善きもの」でいられるのだろうか。 そしてもっと本質的な問題がある。 ある環境においてエンジニアもそうでない人も同じアイデアを同じように実現できてしまうとしたら,何を以って「善」を担保できるのか。
(中略)
しかしある目的に対する利用価値の有無は技術者が決めるものではなく利用者が決めるものだ。 作ってる本人は「善かれ」と思っているのに「違法な利用目的」以外で利用する人がひとりもいなかったとしたら,それは(非難はされるだろうけど)罪になるのか。 破壊する以外に何の価値もないように見える核兵器だって国が保有するのであれば合法でパワーバランスを支えるために有用だと見なされる場合がある。」 (「本当にヤバいのは「技術者」ではない人達だと思う」より)

と書いた。 もちろん道具を悪用すれば悪用した人が罪に問われるのは当然だ。 しかしその道具を作った人も状況によっては罪に問われるというのは本当に合理的なのだろうか。

実はこれ,いわゆるサイバー犯罪法にも係る話なのだ。 Winny の作者が逮捕された2004年はサイバー犯罪条約に日本がどう対処するかというのが議論されてた頃で,個人的にはこの動きと Winny 作者の逮捕は関係あるのではないかと思っていた。 そう考えると「逮捕から8年、やっと“一歩前進”――「Winny」無罪確定で」で語られてる警察・検察の勇み足も分かる気がするのだ。 要するにケーサツは「悪いソフトをつくったやつをタイホしたかった」のだ。 しかし malware とそうでないソフトの線引きはどこでおこなうのだろう。 いや,そもそも線引きなんかできるのだろうか。

って,まぁ今さらこんな事言っても遅いけど。

いくつか Winny 関連の記事を見たけど,やっぱり古びた感は否めないね。 もう殆どの人にとって Winny は「終わったこと」なのだ。 「終わったこと」についていまさら議論を掘り起こそうとしても「どっかで見たような聞いたような話」で終わってしまうような気がする。 本当は「これからの話」をしないとダメなんだよね。