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ケータイ依存症?

なんということでしょう! 広島カープが CS ファイナル進出ですってよ,奥さん。 広島のカープファンはどうやって野村監督を辞めさしょうか考えよるのに,エラいことになってもうたがな。 まぁこうなったら先を目指してもらうしかないよねぇ。 頑張れよぉ!

それはさておき,以前にぶっ壊れた端末の交換機が来た。 交換をお願いしてから3日後かな。 割と早く交換できた。 よかったよかった。 代替え機の方は,以前書いたとおり,使いにくいことこの上なく,なんとか文字は打てるようになったものの(そうしないとメールが打てない),まったく使う気がおこらなかった。 私は通話やメールは(ついでに LINE とかも)あまりしないので大して困らなかったが, Foursquare や Instagram が使えないのはマジで困った(あとテザリングが使えないのも)。 いや,さすがに2,3日で返す代替え機にアプリは入れられないでしょ。 っていうか,そういうことに困ってる自分に驚いた。 つくづくスマホをはじめとする携帯端末は “User Equipment” なんだなぁと思い知った。

「人々が闇夜に持つランタンは 「相手を見張る道具」 であると同時に 「自分自身を見張らせる」道具でもあった」(『テスラ 発明的想像力の謎』より)。 人々は光と影の織り成す「陰影」を以って繋がっているのだ。 これを「街灯」で以って一面に明るくしてしまえば「陰影」はかき消され,明るすぎる光と,その周辺にある濃すぎる闇だけになってしまう。 これが理性や啓蒙主義の傲慢である。

ソーシャル・ネットワークの登場とスマートフォン等の携帯端末の登場は,コミュニケーションの意味を大きく変えてしまっている。 コミュニケーションは個々人の身体性と直結する。 それこそ「ネットワーク」など感じられぬほどに(もちろんそれは気のせいだが)。 上で述べた「陰影」や「街灯」や理性や啓蒙主義や,そんなものを軽く飛び越えたところでコミュニケーションは成立している。 そこに既存の理性や道徳観念を持ち込んでも無駄なのである。

ケータイによるコミュニケーション過多の状態を「ケータイ依存」などというらしい。 確かに日常生活に支障をきたすレベルであればそれは「依存症」といってもいいかもしれないし,何らかの対処が必要だろう。 でも「ケータイ依存」はケータイが引き起こしているわけではない。 同じく喫煙依存はタバコが引き起こしていおるわけではないし,ギャンブル依存はパチンコや競馬が引き起こしてるのではない。 ケータイやタバコやギャンブルなどはいわば「トリガー」にすぎない(物質依存の場合はその物質(アルコールやニコチン)が抜けきるまで影響が出続けるので単なるトリガーでもないけど)。 嗜癖問題の場合,問題は嗜癖の対象ではなく嗜癖者自身の内面にある。

もしお子さんが依存症といえるほどケータイにのめり込んでいるのなら,それはケータイに問題があるのではなく日常生活(家族環境,学校生活,友人関係,etc.)に何らかの問題を抱えているということだ。 それをひとつづつ丁寧に(時にはカウンセリングの力も借りつつ)解き解していくプロセスが重要なのである。

それを一括りに「○○が悪い」などと決めつけていたのでは,堂々巡りを繰り返すだけで何も解決しない。 その手の「鬼ごっこ(他者に〈穢れ〉を貼り付けることで祓い清める極めて日本的神事)」はもう止めるべきだ。 本当に子どもを「守る」気があるのなら,行政や業界の駆け引きなんかではなく,子どもの側に立った議論をしていただきたいものである。

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嗜癖する社会
アン・ウィルソン シェフ 斎藤 学
誠信書房 1993-03-01
評価

家族依存症 (新潮文庫) 「自分のために生きていける」ということ (だいわ文庫) 「母」がいちばん危ない ~`いい娘'にならない方法~ 「家族」という名の孤独 (講談社プラスアルファ文庫) アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す

by G-Tools , 2013/10/15