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「科学者」と「知財ゴロ」は同義語

(もちろんタイトルは「釣り」です)

私が仕事探しで四苦八苦している間にすっかり世間を騒がせている STAP 細胞論文だが,日本分子生物学会のこれはいただけない。

「当該研究の重要性は十分に理解していますが、成果の再現性は別問題として、これら論文に対しての適正な対応を強くお願いします。」
(「STAP細胞論文等への対応についての再要望」より)

いやいやいや。 科学者なら「成果の再現性」こそが唯一かつ最重要ポイントだろ。 科学者が「規範」とか言ってんなよ。 そんな20世紀の遺物みたいな話は評論家か哲学者にでも語らせればいいのだ。

確かに近年,科学論文データの改竄はよく話題にのぼるようになった(STAP 細胞論文に対する政治的言説(にしか見えない)もその辺の流れなんだろう)。 でもそれは「規範」の問題じゃないだろう。 つかり,科学者が「真理を追求」することに魅力を感じなくなってるからなんじゃないのか? もしそうなら,それはもう「科学の終わりの始まり」だよね。

確かにお金は大事。 安定した暮らしを確立することは,とてもとても大事。 でもそれは手段にすぎない。 手段が目的と入れ替わったら,それはもう「ゴロツキ」と同じなのである。

(職業エンジニアだってお金を稼ぐためだけに働いているわけでは決してない。 研究者の挟持が「真理の追求」にあるなら,エンジニアの挟持は「善を実装」することにある。 それを手放したら後には何も残らない)

はっきり言って生物・医学の世界ではもう 「科学者」と「知財ゴロ」は同義語 であると言ってもいいだろう(笑)

「科学」の歴史は(人類の歴史に比べれば)まだまだ短い。 近代に入って,私達はようやく「魔術と錬金術」というフレームから一歩先に進めることができただけだ。 「クラークの3法則」によれば「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」そうだが,現在という視点で見れば,長い時間をかけ苦労して進めた大切な「一歩」を引っ込めてしまうという意味で,実に高度な皮肉であるとしか言いようがない。