<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
         xmlns:rdfs="http://www.w3.org/2000/01/rdf-schema#"
         xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
         xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
         xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
         xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
         xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"
         xmlns:foaf="http://xmlns.com/foaf/0.1/"
         xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
         xml:lang="ja">
<channel rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/code.rdf.xml">
  <title>Code -- Baldanders.info</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/code.shtml</link>
  <description>社会を支配する4つの Code （笑）について</description>
  <dc:language>ja</dc:language>
  <dc:date>2008-07-20T16:17:39+09:00</dc:date>
  <admin:generatorAgent rdf:resource="http://www.movabletype.org/?v=4.2rc1-ja" />
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <foaf:maker>
    <foaf:Person>
      <foaf:nick>Spiegel</foaf:nick>
      <foaf:mbox_sha1sum>f12cadffbcaea50abf7383e06b5386ceec0bd250</foaf:mbox_sha1sum>
      <rdfs:seeAlso rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/profile/foaf.rdf.xml"/>
    </foaf:Person>
  </foaf:maker>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <image rdf:resource="http://www.baldanders.info/images/baldanders.png"/>

  <items>
    <rdf:Seq>
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000401.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000385.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000377.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000373.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000372.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000358.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000353.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000350.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000349.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000309.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000301.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000300.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000299.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000295.shtml" />
    
    <rdf:li rdf:resource="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000289.shtml" />
    </rdf:Seq>
  </items>
</channel>


<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000401.shtml">
  <title>ディズニーランド的コモンズと Creative Commons</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000401.shtml</link>
  <description>今読んでいる
『排除型社会』
の中にこんな記述がある。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2008-07-20T16:17:39+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
今読んでいる
<a href="http://spiegel.vox.com/library/book/6a00c22527e6f3604a00fa9686a70e0002.html">『排除型社会』</a>
の中に以下のような記述がある。
</p><blockquote>
「人口の相当部分は、
フルタイムの仕事に就き、
確実にキャリアを積み、
安全な人生を歩んでいる。
そこは能力主義が保証された世界であり、
男女は平等な関係にあって、
カップルの両方が働いている。
安定した核家族が形成され、
労働時間は長く、
夫婦の収入はますます高くなっている。
職場と学校には能力主義が浸透し、
刑事司法制度には新古典派的な方法が定着している。
それは、
人々が信用調査や消費者調査によって格付けされた世界である
（これこそなによりも重要な市場である）。
しかし、
それが優しく親切な世界であるのは表向きのことに過ぎない。
そこでは職場からレジャーの場にいたるまで、
社会統制の網がますます広がっており、
そのさりげなさはまるでディズニーランドのようである [Ericson and Carriere 1994]。
人生におけるトラブルは、
保険が完全かつ包括的にカバーしてくれる。
たとえ健康上のトラブルであっても、
事故や失業、
あるいは犯罪の被害であっても、
すべて保険がカバーしてくれる。
日常を離れた第三世界のリゾートで休暇を過していても、
そこは危険が取り除かれて安全が確保された飛び地であり、
あいかわらず自分の世界は守られる、
という具合である。」
（p.60）
</blockquote><p>
私はこの「ディズニーランド」のアナロジーがちょっとお気に入りである。
少なくとも「マクドナルドの椅子」よりはリアリティがある。
もちろん，
上の引用は更にこのように続く。
</p><blockquote>
「しかし、
このような中心領域は、
今や縮小する一方である。
労働市場で最も増加しているのは、
非正規雇用市場の人口である。
そこでは仕事はさらに不安定になり、
キャリアへの道は閉ざされ、
人々はよりどころのない人生を送るはめになっている。」
（p.60）
</blockquote><p>
「包摂」と「排除」はコインの表裏の関係である。
あるルールの実行に際して，
ドメインに組み入れることを「包摂」といい，
ドメインから取り除くことを「排除」という。
「ルールを実行する」という点において「包摂」と「排除」は同じものなのである。
</p><p>
さて，
前置きが長くなってしまった。
本題に入ろう。
</p><p>
先日ニコニ・コモンズに関する詳細が発表された。
</p><ul>
<li><a href="http://www.nicovideo.jp/static/niconicommons/rule.html">ニコニ・コモンズについて</a></li>
</ul><p>
私は Tumblr 上で
「ニコニ・コモンズのやり口は同人に対して出版元などがやる「ガイダンス方式」と同じ」
と散々けなしたが，
どうやらちゃんとライセンスとして提供するようである（今までけなしてゴメンネ）。
ライセンスを構成するということは，
ライセンサーとライセンシーとの間で責任範囲を決めて分担するということだ。
ライセンスの内容については以下の記事が参考になる。
</p><ul>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20080716/1216137297">ニコニ・コモンズの法的安定性への懸念がほぼ払拭された件について</a></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20080716/1216143452">せっかくなのでCCライセンスとニコニ・コモンズの互換性について検討してみる</a></li>
</ul><p>
ガイダンス方式の問題は責任を明確にせず，
力の強いほうが弱いほうに対して一方的にルールを変更できることにある。
これは典型的な搾取である。
この方式をとらなかったことは評価すべきと思う。
</p><p>
（といっても，
公表されている限りでは不備だらけだけどね。
そもそもニコニ・コモンズのライセンスのオプションは定義されているのに，
そのベースになるデフォルトのルールが記述されていない。
例えば「サイト限定」というオプションがあって，
その定義は「ニコニ・コモンズ対応サイトへの掲載目的に限定する」とある。
つまり「サイト限定」オプション下では（掲載目的に限定されるのだから）派生の派生は許可されない
（＝ニコニ・コモンズのライセンスは設定できない。なぜなら「派生」は必須オプションだから）。
一方「サイト限定」オプションがない場合には派生に関する縛りがない，
といった具合である）
</p><p>
ニコニ・コモンズ・ライセンスの特徴は，
オプションを後から変更可能なことである
（ライセンス自体を破棄したり他のライセンスと非排他的に組み合わせることができるかどうかは不明。
多分無理だと思うけど）。
ライセンシーによる派生作品への縛りは作品の公表時期に影響を受ける。
オプション変更後に公表された作品は変更後の縛りを受けるということらしい。
こういうことができるのもニコニ・コモンズ自体が作品およびライセンスの管理者で，
作品を利用するユーザの行動を（ニコニ・コモンズ内であれば）追跡可能なシステムだからである。
つまりニコニ・コモンズってのは「ディズニーランド」なのである。
これは Flickr や YouTube のようなサービスとは真っ向から衝突する。
</p><p>
Flickr や YouTube の特徴は，
そこで公開されるコンテンツを通してサービス利用者とサービスの外にいる人が繋がっていくことにある。
サービスの外にいる人と繋がるためには，
そこで公開されるコンテンツはサービスに帰属してはいけない。
かならず利用者の「誰か」に帰属させなければならない。
故に CC-license のような道具立てが必要になるのである。
</p><p>
一方のニコニ・コモンズは「サービスの外にいる人」を基本的に許容しない。
人も作品もそこから派生するものも全てサービスに組み入れようと（つまり包摂しようと）する。
この点は
<a href="http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0807/18/news048.html">「座談会　UGCの可能性を考える（前編）」</a>
で津田大介さんが以下のように言われたこととも関係してくる。
</p><blockquote>
「嫌儲につながる考え方というと、
ネットコミュニティーと権利意識とか、
著作者の帰属性とか、
匿名性って、
実はすごく関わり合っていて。
CCの1つの問題点というか、
日本になじまないところが1つあるんですよ。
それはクリエイティブ・コモンズを付けるときに「BY 誰それ」、
要するに著作者表示をデフォルトで入れなければならないということ。」
</blockquote><p>
ニコニ・コモンズのようなディズニーランド的コモンズでは，
コンテンツを人ではなくサービスに帰属させる必要がある。
人に帰属させれば（人が移動することにより）コンテンツはサービスの外に逃げてしまうからだ。
逆にコンテンツをサービスに組み入れれば，
それを利用するために消費者が集まりバンバン囲い込むことができる。
そしてサービス内では，
人やものを包摂させた状態を維持するために無意識かつ強力な同調圧力がかかる
（匿名性については様々な観点で様々な議論があるが，
コンテンツ共有サービスにおける匿名性は必然的にコンテンツの帰属先をサービスに「付け替える」よう機能する）。
更にサービス提供者もそれを利用してどんどん人やものを囲い込んでいくわけだ。
</p>

<div style="border:solid thin; padding:0.2em;"><p>
（8/2 追記）
</p><p>
<a href="http://www.creativecommons.jp/isummit08/">「iCommon Summit 2008」</a>
でニコニ・コモンズの仕組みについて解説があったそうだが，
</p><blockquote>
「米国生まれのクリエイティブ・コモンズに対し、ニコニ・コモンズは法闘争などを好まない「より日本的な手段」（木野瀬氏）とのこと。クリエイティブ・コモンズが法律に基づくライセンスであるのに対し、ニコニ・コモンズはユーザー間の合意によるガイドラインに過ぎないとも言う。」<br />
（<a href="http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20378090,00.htm">ニコニ・コモンズとクリエイティブ・コモンズはどう違う？--ニワンゴ取締役が解説</a>）
</blockquote><p>
だそうで，
例のルールはライセンスとして扱われないことが明確になった。
言っておくが，
ガイドラインに「合意」など存在し得ない。
ガイドラインというのは「通達」に過ぎないからだ。
だから後で勝手に内容を変えることができるし，
場合によっては反故にすることもできる。
コンテンツや素材の提供者がニコニ・コモンズを離脱すれば，
その時点でガイドラインを破棄して別のルールを適用することができる。
ニコニ・コモンズもルールそのものを変更・破棄することができる。
そこに合意は必要ない。
こんないい加減なものを「Creative Commonsと話をしながら作っていった」というのは，
にわかには信じられない話である。
（が，
ご本人が言うのならそうなんだろう）
</p><p>
こういったものに対し，
「合意」だの<a href="http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2008/07/31/20449.html">「日本人の美徳」</a>などといった美辞麗句で脚色しようとするのは相当胡散臭い話であるが，
私はニコ動のアカウントは持ってないし，
ニコニ・コモンズに対してもここに書いた以上の関心はないので，
もうつっこまないことにする。
願わくば，
これが悪しき前例になりませんように。
</p></div>

<hr /><p>
従来，
コンテンツには入れ物（コンテナ）が必要で，
更に入れ物を置いておくための場所が必要だった。
しかしネットにおいては入れ物も場所も必要条件ではない。
Creative Commons でいう「コモンズ」は特定の「場」を指すものではないと思う。
いや，
元々はそうだったのかもしれないが，
Flickr や YouTube などの成功により意味が変わってしまった。
それはもはや人やものをノードとしたネットワークそのものを指している。
ネットにおいてディズニーランド的コモンズは存在意義を失いつつあるのだ。
それなのにまだこういったものにしがみついてる日本のサービスは，
やっぱり「周回遅れ」なんだなぁと思うのである。
</p>]]><![CDATA[<div class="hreview" ><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/%E6%8E%92%E9%99%A4%E5%9E%8B%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E2%80%95%E5%BE%8C%E6%9C%9F%E8%BF%91%E4%BB%A3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E3%83%BB%E9%9B%87%E7%94%A8%E3%83%BB%E5%B7%AE%E7%95%B0-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%B0/dp/4903127044%3FSubscriptionId%3D0G91FPYVW6ZGWBH4Y9G2%26tag%3Dbaldandersinf-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4903127044"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/417iD4x5N%2BL._SL160_.jpg" alt="photo" class="photo"  /></a><dl ><dt class="fn"><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/%E6%8E%92%E9%99%A4%E5%9E%8B%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E2%80%95%E5%BE%8C%E6%9C%9F%E8%BF%91%E4%BB%A3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E3%83%BB%E9%9B%87%E7%94%A8%E3%83%BB%E5%B7%AE%E7%95%B0-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%B0/dp/4903127044%3FSubscriptionId%3D0G91FPYVW6ZGWBH4Y9G2%26tag%3Dbaldandersinf-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4903127044">排除型社会―後期近代における犯罪・雇用・差異</a><img src='http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=baldandersinf-22&l=ur2&o=9' width='1' height='1' border='0' alt='' /></dt><dd>青木 秀男 </dd><dd>洛北出版 2007-03</dd></dl><p class="similar"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4130501690/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4130501690.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="連帯と承認―グローバル化と個人化のなかの福祉国家"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480867171/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4480867171.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="コミュニティ 安全と自由の戦場"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4272430734/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4272430734.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="不安な経済/漂流する個人―新しい資本主義の労働・消費文化"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4861821061/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4861821061.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="新自由主義―その歴史的展開と現在"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4272430742/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4272430742.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="リキッド・ライフ―現代における生の諸相"  /></a> </p><p class="gtools" >by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a> ,  <abbr class="dtreviewed" title="2008/07/20">2008/07/20</abbr></p></div>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000385.shtml">
  <title>サマータイムは現代の授時</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000385.shtml</link>
  <description>『年収崩壊』から以下の文章を引用しておこう。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2008-05-27T08:21:33+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
某首相が
「やっていない日本が異例。我が国も制度を入れるべきだとの意見が強くなってきている。特に環境の問題があり、私もサマータイムをやってもいいのではないかと思っている」
みたいなアホンダラなことを言ってるらしいので，
ちょっと長いけど，
<a href="http://spiegel.vox.com/library/book/6a00c22527e6f3604a00f48cfd869f0001.html">『年収崩壊』</a>
から以下の文章を引用してやろう。
</p><blockquote>
「欧米の場合、
職務分担がハッキリしているため、
自分の業務時間をずらすことが容易にできます。
ところが、
日本の場合は業務分担があいまいなので、
職場の上司が「まだ明るいうちに家に帰る気か？」などと言ってきたら、
絶対に帰れません。
ですから、
サマータイムの実施は単なるサービス残業の増加にしか結びつかないのです。
だからこそ、
戦後に導入されたサマータイムは廃止されたのでしょう。<br />
もともと今回のサマータイムの導入は、
経団連の要請に基づくものでした。
経団連は当然、
そうした過去の経緯を知っているはずです。
それなのに、
なぜサマータイム導入を打ち出してきたのでしょうか。」
</blockquote><p>
まぁ（笑），
戦後直後のサマータイムが廃止された理由についてはアレだけど，
サマータイム導入はサービス残業を増やすだけってのは同感だ。
だいたい，
江戸時代の「明け六つ暮れ六つ」じゃないんだから，
今の時代に太陽の運行に合わせて時刻を弄ることに意味があるとは思えない。
<a href="http://www.baldanders.info/spiegel/remark/archives/000045.shtml">以前にも書いた</a>けど，
サマータイムは現代の「授時」であり，
このような悪習こそ世界的に取り除くべきだと思うけどね。
</p><p>
そうそう，
サマータイムと環境の関係だけど
<a href="http://www.technobahn.com/news/2008/200803051254.html">「夏時間を採用するとエネルギー消費量は逆に増える」</a>
らしい。
某首相は知らないようだけど。
こんな脳みそが江戸時代な人が首相だなんて，
某国も亡国になりそうだよ。
</p>]]><![CDATA[<div class="hreview" ><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html%3FASIN=4827550107%26tag=baldandersinf-22%26lcode=xm2%26cID=2025%26ccmID=165953%26location=/o/ASIN/4827550107%253FSubscriptionId=0G91FPYVW6ZGWBH4Y9G2"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31FreiBpf3L._SL160_.jpg" alt="photo" class="photo"  /></a><dl ><dt class="fn"><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html%3FASIN=4827550107%26tag=baldandersinf-22%26lcode=xm2%26cID=2025%26ccmID=165953%26location=/o/ASIN/4827550107%253FSubscriptionId=0G91FPYVW6ZGWBH4Y9G2">年収崩壊―格差時代に生き残るための「お金サバイバル術」 (角川SSC新書 10)</a><img src='http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=baldandersinf-22&l=ur2&o=9' width='1' height='1' border='0' alt='' /></dt><dd>森永 卓郎 </dd><dd>角川・エス・エス・コミュニケーションズ 2007-10</dd><dd>評価<abbr class="rating" title="4"><img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-4-0.gif" alt="" /></abbr> </dd></dl><p class="similar"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334783554/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4334783554.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="新版 年収300万円時代を生き抜く経済学 (知恵の森文庫)"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901318519/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4901318519.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="緊急版 年収120万円時代-生き抜くための知恵と工夫-"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569648975/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4569648975.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="「騙されない!」ための経済学 モリタク流・経済ニュースのウラ読み術 (PHPビジネス新書 55) (PHPビジネス新書 55)"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4827550093/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4827550093.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="なぜ夜に爪を切ってはいけないのか―日本の迷信に隠された知恵 (角川SSC新書 9)"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/482224606X/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/482224606X.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="構造改革の時代をどう生きるか 成果主義・拝金主義を疑え!"  /></a> </p><p class="gtools" >by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a> ,  <abbr class="dtreviewed" title="2008/05/27">2008/05/27</abbr></p></div>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000377.shtml">
  <title>国民は国の「子ども」ではない</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000377.shtml</link>
  <description>またフィルタリング周りが色々ときな臭い。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2008-04-07T10:50:45+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
またフィルタリング周りが色々ときな臭い。
</p><ul>
<li><a href="http://ofo.jp/blog1207249431.phtml">日本の子供たちからインターネットが消える日</a></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20080404/1207266695">18歳未満の人たちがアクセスしている「それ」は、もう"the Internet"ではない</a></li>
<li><a href="http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20370849,00.htm">日本のインターネット産業に大きな節目？--自民と民主が重要法案を準備</a></li>
<li><a href="http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_9fff.html">天下りという腐敗の元</a></li>
<li><a href="http://ofo.jp/blog1207433498.phtml">リアルメディアが青少年ネット規制法案のヤバさを報じない訳</a></li>
</ul><p>
フィルタリングやレーティングの問題はいつだって古くて新しい問題。
ことあるごとに提起され，
フルボッコにされた挙句，
いずこかへ潜伏してしまう，
不定周期の脈動変光星のようなものだ。
</p><p>
フィルタリングには2つの切り口がある。
ひとつはセキュリティ管理上の切り口で，
もうひとつは教育上の切り口である。
セキュリティ管理上の切り口としてのフィルタリングは既に日常化している。
各種のウイルス対策ソフトや Websense のようなフィルタリングソフト等等である。
</p><p>
フィルタリングを教育の問題として考えた場合，
例えば「性表現や暴力・残酷表現が子どもの健全な育成に有害」という考え方がある。
でもこれは厳密には間違い。
それは親が「性表現や暴力・残酷表現」から感じる羞恥心や嫌悪感を子どもに押し付けているだけ。
ただのエゴであって教育ではない。
教育（というか躾）で大事なことのひとつは，
（社会に適応するために）奔放な性行為や暴力といったものへの衝動を自らコントロールできるようになることだ。
ただ「性表現や暴力・残酷表現」に蓋をするだけでそういったことができるようになるわけがないし，
臭いものに蓋をするだけなんてのは教育の放棄である，
と言っちゃってもいいだろう。
</p><p>
ただし，
養育・教育の過程の中で一定のフィルタリングをする必要はありうる。
WHO が1999年の総会で提案した「健康」の定義は以下のようなものらしい。
</p><blockquote>
「健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり，
たんに病気あるいは虚弱でないことではない」
</blockquote><p>
これに対して精神科医の斎藤環さんは
<a href="http://spiegel.vox.com/library/book/6a00c22527e6f3604a00e398c87b4a0003.html">『思春期ポストモダン』</a>
の中でこう書かれている。
</p><blockquote>
「精神科的に問題になるとすれば、
それは精神的な意味で「良好な動的状態」とはなにか、
ということになるだろう。
この点について僕自身はこんなふうに考えている。
それは、
自由さと安定性が高いレベルで一致することだ、
と。」
（p.195）
</blockquote><p>
「性表現や暴力・残酷表現」が子どもたちの目につく状態が日常的化している状況は，
精神的な意味での「健康」に悪影響を与えるかもしれない，
とは誰もが懸念することだろう。
それを防ぐ意味でゾーニングやフィルタリングを行うことは意味がある。
例えば，
子どもの通学路上にあるコンビニにはエロ本を置かないとか，
電車の中刷り広告に扇情的なタイトルやヌード写真を掲載しないとかいうのもゾーニングの一種だ。
</p><p>
今回のフィルタリングの問題は大きく分けて2つある。
ひとつはセキュリティの問題と教育の問題がごっちゃになっていること。
もうひとつはフィルタリングを行うとして，
そのコントロールを誰が握るのか，
ということだ。
今の法案のままではセキュリティ対策企業（とその利権に群がる人々）が儲かるだけで，
他の誰にもベネフィットはない。
</p><p>
日本のような儒教国家には親子関係について独特の思想がある。
それは「孝」の概念。
親孝行の「孝」である。
日本の家族は「孝」の連鎖で構成され，
死ぬまで「孝」に支配される（あまりに日常的過ぎてそれが宗教的概念だと思わない人もいるかもしれないが）。
今回の法案はいかにも日本的な「孝」の色に染められた家父長的性格の強い内容だ。
その証拠にフィルタリングのコントロールを握っているのは国民ではない。
子どもを守ることを大儀としている筈なのに，
子どもを守る主体である保護者には何の権限もないのだ。
ケータイのフィルタリングがまだ救いなのは，
（道具としてのフィルタリングについては議論の余地があるにせよ）
フィルタリングのコントロールを最終的に保護者に求めている点である。
今回の法案にはそれすらない。
（子どもを守る筈の保護者がそれを成していない，
という点（たとえば児童ポルノの問題もそのひとつだ）については今回は置いておく）
</p><p>
国民は国家の子ども（臣民）ではない。
古き良き封建時代を懐かしむために現実の「国」を脅かさないでいただきたい。
</p>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000373.shtml">
  <title>「エルマーク」の何が問題なのか</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000373.shtml</link>
  <description>エルマークについて，
もっとも重大な問題は，
これが「ダウンロード違法化」とセットになっていることだ。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2008-02-26T09:16:40+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
「エルマーク」については（<a href="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000372.shtml">前回紹介した</a>ものも含め）既に様々な指摘がされている。
以下に私の狭い観測範囲で見つけた主な記事を挙げる。
（Tumblr にも参考にすべき記事があるが，
今回は省く）
</p><ul>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/illegal-site/20080219/p1">正規音楽配信を識別するという目的の日本レコード協会が制定したマークについて</a></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/illegal-site/20080220/p1">日本レコード協会が制定したマークで識別できること，できないこと</a></li>
<li><a href="http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2008/02/post_f33b.html">エルマークについて</a></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20080221/1203583597">商標の機能と適法なダウンロードからみるエルマークの不十分さ</a></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20080222/1203673768">【図解】エルマークと適法マーク</a>
    <ul>
    <li><a href="http://d.hatena.ne.jp/illegal-site/20080223/p1">「【図解】エルマークと適法マーク」の改変版公開について</a></li>
    </ul></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/NOV1975/20080223/p4">エルマークが保障してくれること</a></li>
</ul><p>
エルマークの問題には，
「適法マーク」としての機能不足があるが，
もっとも重大なことは，
これが「ダウンロード違法化」とセットになっていることだ。
そこをちゃんと勘定に入れないと
「RIAJ が保証してくれてるってのに，
いったいエルマークの何が悪いんだ！」
ってな感じの議論になりかねない。
（表示されている画像がただの GIF ファイルで，
それだけでは貼られているサイト・コンテンツと RIAJ との関係を何も保証しない，
というギャグはスルーしておくとしてもだ）
</p><p>
逆に言えばエルマークの問題点を挙げていくことで，
「ダウンロード違法化」がリスクやコストのかさむ効率の悪いやり方であると証明することができる筈だ。
エルマークをきっかけに，
そういう方向に議論が進むことを期待したいものである。
</p>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000372.shtml">
  <title>「エルマークと適法マーク」スライドバージョン</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000372.shtml</link>
  <description>inflorescencia さんの「【図解】エルマークと適法マーク」がなかなか分かりやすかったので，
Google Docs でスライド作ってみました。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2008-02-23T12:41:17+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
inflorescencia さんの<a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20080222/1203673768">「【図解】エルマークと適法マーク」</a>がなかなか分かりやすかったので，
（<a href="http://miau.jp/">MIAU</a> を応援する意味でも） Google Docs でスライド作ってみました。
</p><div style="margin-left:2em;">
<iframe src='http://docs.google.com/EmbedSlideshow?docid=dkxpjqr_2dvck26cj' frameborder='0' width='410' height='342'></iframe>
</div><p>
Google Docs なのでコラボレーション可能です。
コラボレーションに参加すれば自由に編集できます。
もし希望する方がいらっしゃれば，
私の <a href="http://twitter.com/spiegel_2007">Twitter アカウント</a>宛てに DM を送るか，
（もしご存知なら）私の Gmail アドレスまで連絡をください。
コラボレーションに参加するには招待状を送る電子メールアドレスが必要です。
</p>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000358.shtml">
  <title>パブコメ・ジェネレータでダウンロード違法化に反対してみる</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000358.shtml</link>
  <description>MIAU からパブコメ・ジェネレータなるものが公開されている。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2007-11-11T18:45:59+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="http://miau.jp/">MIAU</a> から<a href="http://dev2007.miau.jp/public-comment-generator.html">パブコメ・ジェネレータ</a>なるものが公開されている。
</p><ul>
<li><a href="http://miau.jp/1194583961.phtml">パブコメ最終案とパブコメ・ジェネレータの公開について</a></li>
</ul><p>
パブコメの締め切りも近づいてきたし，
これでパブコメを書いてダウンロード違法化に反対してみることにした。
</p>
<h3>事前の準備（資料の収集）</h3>
<p>
まずは，
<a href="http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000284">案件のサイト</a>へ行って必要な資料を取ってくる。
「意見募集要領」と「文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会中間整理」は必須。
「文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会中間整理」は表紙も含めて161ページもある。
ただ読むだけでもかなりしんどい量だが，
ここから問題点を抜き出していくのは至難の業である。
そこでちょこっと虎の巻を読んでおく。
津田大介さんへのインタビュー記事だ。
</p><ul>
<li><a href="http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/05/news066.html">津田大介さんに聞く（前編）：「ダウンロード違法化」のなぜ　ユーザーへの影響は</a></li>
<li><a href="http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/12/news014.html">津田大介さんに聞く（後編）：「ダウンロード違法」の動き、反対の声を届けるには</a></li>
<li><a href="http://internet.watch.impress.co.jp/cda/special/2007/11/09/17465.html">津田大介氏に聞く、“ダウンロード違法化”のここが問題</a></li>
</ul><p>
ここまで読んで「それの何が問題なの」と思った人は，
この先は進まなくていいです。
（いや，
皮肉でもなんでもなく）
</p>
<h3>パブコメ・ジェネレータを起動する</h3>
<p>
私のように，
今までそういうことをしたことがない人がいきなりパブコメを書こうとしても書けるもんじゃない。
そもそもどうやって書けばいいのか分からなかったりする。
「意見募集要領」を読めばある程度分かるのだが，
やっぱり一番分かりやすいのは，
他の人が書いたパブコメを参考にすることである。
そこで <a href="http://miau.jp/">MIAU</a> の以下の記事を参考にする。
</p><ul>
<li><a href="http://miau.jp/1193380203.phtml">パブリックコメントへの意見提出方法</a></li>
<li><a href="http://miau.jp/1194583961.phtml">パブコメ最終案とパブコメ・ジェネレータの公開について</a></li>
</ul><p>
では実際に<a href="http://dev2007.miau.jp/public-comment-generator.html">パブコメ・ジェネレータ</a>を試してみよう。
といっても，
提示された質問に自分の考えを次々答えていけばいいだけ。
よく分からないものについては無理に答えようとせず [SKIP] してもよい。
最後に [終了] をクリックすると雛型が表示される。
あとは内容をコピペして氏名など必要事項を記入し，
「私的録音録画小委員会中間整理に関する意見」というタイトルでメールで送ればいいだけなのだが，
その前にひと仕事。
</p>
<h3>雛型を自分流に整理する</h3>
<p>
雛型をよく見ると内容があまり整理されてないように見える。
まぁ設問に答えた結果として吐き出された内容なので当たり前なのだが，
中には読んでピンと来ないものもあるかもしれない。
私達は専門家ではないので，
無理に網羅的に意見を述べる必要はない。
ピンと来ないものはバッサリ捨てても構わないと思う。
そして残った項目に対して自分なりにアレンジしていけばいい。
（書いていて「あ，やっぱりこれについても言及しておいたほうがいいな」と思うこともあるので，
オリジナルはどっかに取っておく）
</p><p>
以降，
私の場合について言及しておく。
</p>
<hr />
<h3>権利者と利用者の影に隠れて見えないもの</h3>
<p>
私の場合，
最終的に4つの意見に集約した。
<a href="http://www.baldanders.info/spiegel/archive/public_comment_20071111.txt">内容についてはこちら</a>をどうぞ。
</p><p>
「文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会中間整理」は実に巧妙にできていて，
ダウンロード違法化についても権利者と利用者の間のコンフリクトを解消するための案に見えてしまう。
しかし内容をよく読めば（そして<a href="http://dev2007.miau.jp/public-comment-generator.html">パブコメ・ジェネレータ</a>を実際に試してみれば）分かるように，
これは権利者と利用者の間に入るもの，
つまり既存の流通システム（著作権管理団体なんかも含む）の思惑が色濃く反映された内容になっている。
これはかつての「輸入権」のときと全く同じ構図だ
（日本の中の特定の業界の都合しか考えていないところも同じ）。
故にダウンロード違法化について意見を書くのなら，
ダウンロード違法化が本当に利用者や（特に）権利者にとってベネフィットをもたらすものなのか，
検討するところから始めるべきだと思う。
</p><p>
ネットにおいては全てのユーザは権利者であり利用者でもある。
その立場は流動的で容易に入れ替え可能なものだ。
それは利用者と権利者がフラットに直結可能であるネットの本質に根ざすものなのである。
その現実を見ないで「古き良き」システムにしがみつこうとする姿は「老害」とすら言ってもいいだろう。
著作権が絡む問題としては他にも非親告罪化やコピーテン＆補償金など問題が山積みになってる。
こうした問題に既得権を守りたい人々と対峙しながら対応していくのはしんどい話ではあるが，
できる限り応援していくつもりである。
</p>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000353.shtml">
  <title>みゃう？</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000353.shtml</link>
  <description>私が風邪で伏せってる間になんちう面白いことをはじめるですか。
（追記あり）</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2007-10-19T02:49:45+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
私が風邪で伏せってる間になんちう面白いことをはじめるですか。
しかも永遠の17歳アイドル，
<a href="http://homepage3.nifty.com/machina/">真紀奈さんの本家サイトも</a>2年ぶりに更新してるし。
まぁ，
どっちにしろ地方在住者にはイベント参加資格はないですけどね。
</p><ul>
<li><a href="http://miau.jp/">MIAU : 公式サイト</a></li>
<li><a href="http://muziyoshiz.jp/20071017.html#p01">インターネット先進ユーザーの会 MIAU (Movements for the Internet Active Users) 設立！</a></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/machina17/20071017#p2">MIAU、誕生</a></li>
<li><a href="http://opentechpress.jp/~mhatta/journal/478">MIAU設立のお知らせ</a></li>
</ul><p>
それはともかく，
個人的には <a href="http://opentechpress.jp/~mhatta/journal/478">mhatta さんの「圧力団体」という言い回し</a>が気に入りました。
<a href="http://d.hatena.ne.jp/machina17/20071017#p2">「真紀奈のメモ帳」の記事</a>で
</p><blockquote>
「「先進」っていう言葉に批判が集まってますけど、なんでそんなに印象が悪いのでしょう……。」
</blockquote><p>
という一言がありましたが，
これは無理からぬことだと思います。
おそらくその言葉尻に嫌悪する人達は，
そこに権威性を感じてしまうからでしょう。
なにかを代表する立場を取る人や団体というのは，
往々にして権威性を纏っていきます。
私らや私らより上の世代が学生だった時代（1960-1980年代）は，
そういった権威性をとことん破壊する（破壊しようと指向する）時代でした。
でも，
そんな時代はもう過去のものです。
私達は1990年代から続く著作権法の改悪や通信傍受法や（あさっての方向を向いている）個人情報保護法にもうウンザリしています。
それを変えることができるのは個々人の思惑を集約することのできる（何らかの）権威だと思います。
</p><p>
「政治」というのは，
ぶっちゃけて言えば，
「天下の再配分」です。
姜子牙曰く「それ天下は，一人の天下にあらず，天下の天下なればなり」ってやつですね。
「天下の再配分」は様々な立場の思惑のぶつかり合いで決まります。
<a href="http://miau.jp/">MIAU</a> の言わんとすることはつまり「思惑のぶつかり合い」に参加せよ，
ということであると解釈しました。
</p><p>
私は <a href="http://miau.jp/">MIAU</a> の活動を応援します。
</p>]]><![CDATA[<p>
（10/21 追記）
</p><p>
おおっ，<a href="http://d.hatena.ne.jp/kongou_ae/20071020/1192913740">早速バナー</a>が！
</p><blockquote>
<img src="http://www.baldanders.info/images/miau.png" alt="MiAU" height="60" width="234" /><br />
（Image credit by <a href="http://d.hatena.ne.jp/kongou_ae/about">kongou_ae</a>.）
</blockquote><p>
<a href="http://opentechpress.jp/~mhatta/journal/480">mhatta さんの話</a>によると，
アートワークに関しては <a href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc-sa/3.0/">by-nc-sa</a> 相当でいいという話なので，
うちでも遠慮なく使わせていただきます。
</p>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000350.shtml">
  <title>「Web クリエイターのためのクリエイティブ・コモンズ基礎講座」のあとがき</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000350.shtml</link>
  <description>「Web クリエイターのためのクリエイティブ・コモンズ基礎講座」について，
簡単なあとがきを記しておこうと思います。</description>
  <dc:subject>Book</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2007-09-29T20:22:54+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="http://spiegel.vox.com/library/post/web-creaters%E3%81%AB%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%A0%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%82%92%E6%9B%B8%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F.html">Vox 記事</a>のとおり，
『web creaters』 vol.71 2007年11月号に記事を載せていただきました。
ここではその記事「Web クリエイターのためのクリエイティブ・コモンズ基礎講座」について，
簡単なあとがきを記しておこうと思います。
ほら，
私は本職のライターではないですし，
記事が雑誌に載るなんて極めて異例なことなので（3年ぶり2度目），
調子に乗ってこれくらいやってもいいっしょ（笑）
</p><p>
お話をいただいたのは8月下旬頃。
たまたま納品が終わってひと段落ついたところだったので，
お受けすることにしました。
これがねー，
最近は使っていないメールアドレスから来たので，
気がつくのに随分かかってしまったのです。
で，
書き始めたのが9月に入ってからで，
期間としては1週間（人月で言えば3人日ほど）で書き上げました
（もっともそれから向こうの担当の方にはどえらいお手数をおかけしてしまったのですが）。
なので9月に起こった<a href="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000349.shtml">『CONTENT'S FUTURE』を巡る一連の議論</a>については盛り込めなかったりします。
</p><p>
最近の CC/CC-license を巡る一連の議論を見てて思うのは，
「おまえ等ちゃんと議論したいなら
<a href="http://spiegel.vox.com/library/book/6a00c22527e6f3604a00c2252a07338fdb.html">『クリエイティブ・コモンズ』</a>
を読んでからにしろ！」
ということでした。
<a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20070923/1190527778">「CCLの議論延長戦@twitterのまとめ」</a>でもちょこっと触れていますが，
2003年頃からの CC/CC-license に関する議論を追いかけている人たちにとってみれば，
今行われている議論は単なる「再放送（Rerun）」でしかありません。
個人的には<a href="http://www.baldanders.info/spiegel/remark/archives/000008.shtml">2003年末にレッシグ教授が来日された</a>あたりで「CC-license とは何か」について議論するのは終わったと判断しています
（「萌えクリ」もどっか行っちゃったしねぇ。
みんな本業ある身だから仕方ないけど。
もっとも本家アメリカでは CC-license の改良について活発に議論されてるけどさ）。
だからさ，
<a href="http://spiegel.vox.com/library/book/6a00c22527e6f3604a00c2252a07338fdb.html">『クリエイティブ・コモンズ』</a>
を読みなってば，
ということですよ。
</p><p>
さて，
「Web クリエイターのためのクリエイティブ・コモンズ基礎講座」の中身についてですが，
今回は一箇所意図的に曖昧にした部分があって，
それは例の CC-license の追加条件とデュアルライセンスについてです。
記事では
</p><blockquote>
「たとえば、
CCライセンスの下に著作物の営利目的利用を禁止できるが、
個別の問い合わせに対しては何らかの条件と引き換えに営利目的の利用を許可する、といったことも可能なのだ。」
</blockquote><p>
と書いてますが，
具体的にどうすればいいのかについては全く言及していません。
CC-license の面白さは基本的に「禁止」していないということです
（nc では営利目的利用は禁止されているけど）。
ライセンスで明示的に許可されていること以外については著作（権）者側に保留されているだけで，
（もちろん保留されたままなら利用者はそれを行えないわけですが）
その保留事項を解除して利用者に許可するかどうかは著作（権）者側の裁量に委ねられているわけです。
これが私をして追加条件を設定できると言わしめている根拠になっています。
</p><p>
とはいえ，
せっかく CC-license が内容を4つのマークに集約したってのに，
それに更に条件を加えるのは無用な複雑さを招くだけであまりメリットがないように思います。
規則や制約が複雑になればなるほど，
それを守るのは困難になります。
それならデュアルライセンスやそれに近い（上述のような）運用でかわす方が得策です。
</p><p>
もう一点，
「Web クリエイターのためのクリエイティブ・コモンズ基礎講座」について「まずったなぁ」と思ったことが。
記事では CC-license は著作権ライセンスであり肖像権など他の権利については何も保証しない，
といったことを書いたのですが，
この書き方ではまるで CC-license が著作権リスクをクリアしていることを保証しているみたいな書き方になっています。
これは後で読み返して「しまったなぁ」と思ったのですが，
まさに後の祭りです。
</p><p>
もちろん CC-license は著作権リスクについて何も保証していません。
そもそも，
ある著作物について著作権リスクが完全にクリア可能なんてことはあり得ないのです。
それは DRM で囲われたコンテンツについても同じです。
他人の作品をパクった物でも一度 DRM の流通ラインに乗ってしまえば正規品と同じなのです
（つまり DRM を使おうが電子透かしを使おうが，
やり方次第で「違法コピー」のダウンロードを助長するシステムになり得る）。
CC-license においては，
利用する側はリスクを（一部）引き受ける代わりに著作（権）者に信用を託しているわけで，
これは世の中に溢れるあらゆる作品・製品について同じことが言えます。
セキュリティでも同じですね。
</p><p>
CC-license では作品のリスクについて何も保証しない代わりに，
そういったリスクが存在することを明示して警告します。
これが第6条「責任制限」の項目です。
本家アメリカの CC-license ではこの部分は「表明保証条項」と呼ばれる項目になっています。
「表明保証条項」を日本でどう解釈するかは，
<a href="http://k.lenz.name/j/r/CC.pdf">Karl-Friedrich Lenz さんの論文（PDF）</a>なども話題になったせいか，
かなり議論になりました。
で，
結局今の形に落ち着いています。
詳しくは
<a href="http://spiegel.vox.com/library/book/6a00c22527e6f3604a00c2252a07338fdb.html">『クリエイティブ・コモンズ』</a>
を読め！ ってことで（笑）
</p><p>
まっ，
こんな感じで至らぬところもありますが，
よろしかったらお手にとって読んでみてくださいませ。
</p>]]><![CDATA[<div class="hreview" ><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000VZD600/baldandersinf-22/"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/B000VZD600.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="photo" class="photo"  /></a><dl ><dt class="fn"><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000VZD600/baldandersinf-22/">Web creators (ウェブクリエイターズ) 2007年 11月号 [雑誌]</a></dt><dd>インプレスコミュニケーションズ 2007-09-29</dd></dl><p class="similar"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000UX74C4/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/B000UX74C4.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="Web creators (ウェブクリエイターズ) 2007年 10月号 [雑誌]"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000RPO6HQ/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/B000RPO6HQ.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="Web creators (ウェブクリエイターズ) 2007年 08月号 [雑誌]"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000VLOAK4/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/B000VLOAK4.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="Web Designing (ウェブデザイニング) 2007年 10月号 [雑誌]"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000UGYUD2/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/B000UGYUD2.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="Web Designing (ウェブデザイニング) 2007年 09月号 [雑誌]"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000PTYSMM/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/B000PTYSMM.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="Web Designing (ウェブデザイニング) 2007年 06月号 [雑誌]"  /></a> </p><p class="gtools" >by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a> ,  <abbr class="dtreviewed" title="2007/09/29">2007/09/29</abbr></p></div>
<div class="hreview" ><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/475710152X/baldandersinf-22/"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/11P27YBK76L.jpg" alt="photo" class="photo"  /></a><dl ><dt class="fn"><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/475710152X/baldandersinf-22/">クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権</a></dt><dd>ローレンス レッシグ 椙山 敬士 上村 圭介 </dd><dd>NTT出版 2005-03</dd><dd>評価<abbr class="rating" title="5"><img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-5-0.gif" alt="" /></abbr> </dd></dl><p class="similar"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4798102040/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4798102040.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="コモンズ"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4798106801/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4798106801.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="Free Culture"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791762045/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4791762045.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087202941/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4087202941.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="著作権とは何か―文化と創造のゆくえ (集英社新書)"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4622070766/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4622070766.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="ディジタル著作権"  /></a> </p><p class="gtools" >by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a> ,  <abbr class="dtreviewed" title="2007/09/29">2007/09/29</abbr></p></div>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000349.shtml">
  <title>Digital Rights Description としての CC ライセンス</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000349.shtml</link>
  <description>私はまだ読んでいないのだが，
『CONTENT&apos;S FUTURE』に適用されている CC ライセンスを巡って面白い議論になっているようだ。
（追記あり）</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2007-09-22T23:34:34+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
私はまだ読んでいないのだが（だって積読状態の本が山ほどあって...），
『CONTENT'S FUTURE』に適用されている CC ライセンスを巡って面白い議論になっているようだ。
（最近は CC-license （CC ライセンス）という表記が一般的みたい。
なので，
この記事でも CC ライセンスという表記で統一する）
</p><p>
いや，
最初はあまり興味なかったんだけどね。
なんか話が大きくなってるみたいで面白くなってきたし。
（← 対岸の火事が大好き）
</p><ul>
<li><a href="http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0709/18/news008.html">クリエイティブ・コモンズに賭けた「コンテンツの未来」</a></li>
</ul><p>
事案自体は平凡なもの。
『CONTENT'S FUTURE』には by-nc-nd ライセンスが適用されているが（目次のみとかじゃなくて著書全体にライセンスを適用するのは日本ではきわめて異例），
それを見てある方が本を OCR でディジタル化（つまりフォーマット変換を伴う逐語的コピー）しようとした。
でも当然 OCR データは大量の誤変換を含む。
それを完全に修正せずに公開したもんだから，
<a href="http://www.mohno.com/contentsfuture/emails.html">すったもんだ</a>の末に公開を取り下げてしまったという話。
</p><p>
本を OCR 等を使ってディジタル変換するということはよく行われているが（Google だってやっている），
そこでネックになるのは誤変換にどう対応するかということだ。
また文章の構造は文字列の配置（レイアウト）によって決定されるが，
ディジタル変換して文字コードに落とせば，
それらの情報は脱落してしまう。
例えば「青空文庫」では入力作業を行うボランティアの方々を「工作員」と呼んでいるが，
「工作員」による作業をスムーズに行うための<a href="http://www.aozora.gr.jp/KOSAKU/MANU_IND.html">「青空文庫工作員マニュアル」</a>を作成している。
マニュアルには底本の選び方，入力から校正の仕方，文字コードやルビ表記についてまで事細かに書かれている。
ことほど左様に「本のディジタル変換」というのは手間がかかるし，
難しい問題を含むものなのである。
それを知ってか知らずか安易に手を出してしまったのは失敗だったというほかない。
（まっ，
試み自体は評価できるので，
仕切りなおして是非完遂していただきたいものである。
私はまだ本の保存性と一覧性に関する優位を信じているので，
いずれ本を買っちゃうけどね）
</p><p>
by-nc-nd 下でライセンスされるコンテンツのコピーを配布することについて
クリエイティビティの有無が取り沙汰されているみたいだが，
これについては <a href="http://d.hatena.ne.jp/ced/20060720/1153344179">ced さんの記事</a>が参考になる。
つまり CC/CC-license の機能を
</p><blockquote>
<ol>
<li>making derives(creation：創造)</li>
<li>dissemination(access：アクセス)</li>
</ol>
</blockquote><p>
に分けて考えるということだ。
by-nc-nd 下でライセンスされるコンテンツでは前者の機能は小さいけど，
後者の機能は失われず残っている。
そこは評価すべきだろう，
と。
</p><p>
ところで本をディジタル形式に変換・コピーした場合，
その著作権は誰に帰属するのか。
普通に考えればそれは本の著作（権）者たちに帰属する筈である。
何故ならそれは単なる複製だからだ。
であるならコピーしたコンテンツのライセンスも元の著作（権）者たちが適用したそれに準ずる筈である
（CC ライセンス第4条）。
孫コピーがどうのという話も聞かれるようだが，
CC ライセンスで「改変禁止」オプションをつけている限り，
孫コピーどうのとか気にする必要はない。
（ただし<a href="http://www.aozora.gr.jp/houkokusyo/koteisha/koteisha.html">「校訂者の権利」</a>とかいうものがあるらしい。
この辺どう考えるか難しい気もするが，
校訂者として著作権を主張するのであれば，
それはもう複製ではない）
</p><p>
逆に改変を許可する場合，
「継承」オプションを付けていなければ（コピーではなく）二次著作物のライセンスに対してオリジナルの著作（権）者はコントロールできる立場にない。
ファースト・セルの原則が働くからだ。
</p><p>
と，
ここまでが前振り（頭で考えると一瞬の思考なのに文章にすると長い長いw）。
面白いのはここから。
内容については inflorescencia さんの記事が参考になる。
</p><ul>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20070920/1190220064">CCLに追加条件は付けられます</a></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20070921/1190314597">CCL追加条件考</a></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20070922/1190452170">CCLのmorePermissionsについてまだ続く</a></li>
</ul><p>
まず，
個人的な意見として，
以下の CC ライセンス関連 microformat を使うことは（現時点では）お薦めしない。
</p><ul>
<li>attributionName</li>
<li>attributionURL</li>
<li>derivativeDescription</li>
<li>morePermissions</li>
</ul><p>
ライセンス定義でまともに使えるのは <a href="http://microformats.org/wiki/rel-license-ja">rel-license</a> くらいである（もちろん <a href="http://microformats.org/wiki/rel-license-ja">rel-license</a> は CC ライセンス専用ではない）。
microformat はユーザによって勝手な解釈を行ったり語彙を創作できてしまうのが最大の欠点。
microformat はもともと機械によって「意味」を読み取れるよう考えられたものなのに（故に一意で論理的な整合性がとれていなければならない），
ユーザによる勝手な解釈や創作を許容してしまうようでは台無しになってしまう。
もしどうしても microformat を使いたいなら GRDDL などの仕組みを活用すべきである。
</p><ul>
<li><a href="http://creativecommons.org/weblog/entry/7644">Your copyright metadata on a GRDDL</a></li>
</ul><p>
ちなみに従来の RDF の語彙を使って morePermissions のような記述を加えることは可能である。
</p><ul>
<li><a href="http://www.kanzaki.com/docs/sw/ccm.html#cc-extended">C.C.メタデータ語彙を用いた拡張（クリエイティブ・コモンズのメタデータ -- 著作権とライセンス記述の新しい形）</a></li>
</ul><p>
この記事を読めば分かるが，
CC メタデータの語彙は非常に柔軟性に富んでいて CC ライセンス以外（例えば俺ライセンス）にも応用できる。
GRDDL は RDF の語彙を応用するので，
上述の貧弱な microformat を使わずとも優れた記述が可能なのだ。
（もっともその語彙をちゃんと読めるパーサはまだ少ないけどね）
</p><p>
実際問題，
CC ライセンスに追加条件が付加できるかどうかは難しいところだろう。
私は追加条件を付加することは可能だと思うが（昔この辺を議論した記事があったと思ったが忘れてしまった），
それを利用者に誤解なく伝えるのは難しいように思う。
それよりもデュアル・ライセンスのような形にするのが利用者にも分かりやすいだろう。
幸い CC ライセンスは非排他ライセンスなので，
デュアル・ライセンスにすることは難しくない。
</p><p>
こういう話になると必ず出てくるのは「CC ライセンスは DRM か」という疑問だ。
<a href="http://www.creativecommons.jp/faq/4/drm/">CCJP の FAQ ではこの疑問に明快に答えている</a>。
以下にいくつか引用しておこう。
</p><blockquote>
「私たちはクリエイティブ・コモンズの活動の技術的な側面をデジタル・ライツ･ディスクリプション（digital rights description：デジタル著作権解説）と呼んでいます。
DRMが著作物の特定の使い方を防止したり利用者の権利を狭めたりするのに対して、
私たちは逆に利用者の権利を保証しつつ著作物の特定な使い方の数々を奨励します。
ソフトウェアに「あなたはこのファイルを変更してはいけません」と表示させるのではなく、
CCライセンスはむしろ「著作者はこのファイルをあなたが変更することを認めますが、
その代わりに著作者のクレジットを明記してください」と伝えたいのです。」
</blockquote><blockquote>
「私たちはライセンスの「エンフォースメント＝執行」という役割を法律や社会規範、
そして参加者の良心に任せています。
私たちのツールの数々は規制の道具としてではなく、
補助的な情報として機能するのです。
私たちは著作権利者が自分の著作物に対する義務と自由について他の人々に教えられるようにお手伝いをして、
また全員がインターネット上でクリエイティブな再利用ができる場所を見つけられるように応援したいのです。」
</blockquote><p>
DRM の問題点は，
それによって著作（権）者は必ずしも守られない，
ということだ。
例えば DRM に載せた音楽や映像を利用するためには著作者自身も DRM の制限に（アーキテクチャ的に）従わなくてはならない。
自身の作品であるにもかかわらず，
だ。
自身の権利をシステムに委託してしまうという点で，
DRM （Digital Rights Management）はむしろ（key escrow に引っ掛けて） DRE （Digital Rights Escrow）とでも呼びたくなる装置だ。
日本は昔からこの仕組みで動いている。
JASRAC などは典型的な権利預託システムだ。
日本人は権利意識が薄いといわれることもあるが，
自身の権利を平気で預けてしまうメンタリティがあるのかもしれない。
（あくまで邪推）
</p><p>
DRD としての CC ライセンスは DRM に対して疑問を投げかける手段として活用されるかもしれない。
</p>]]><![CDATA[<div class="hreview" ><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4798114014/baldandersinf-22/"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/31rU5-c8usL.jpg" alt="photo" class="photo"  /></a><dl ><dt class="fn"><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4798114014/baldandersinf-22/">CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ (NT2X)</a></dt><dd>小寺 信良 津田 大介 </dd><dd>翔泳社 2007-08-02</dd></dl><p class="similar"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4594053882/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4594053882.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="2ちゃんねるはなぜ潰れないのか? (扶桑社新書 14)"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4862481531/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4862481531.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="メディア進化社会"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062136597/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4062136597.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="フラット革命"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/482224587X/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/482224587X.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839924503/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4839924503.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="モバゲータウンがすごい理由 ~オジサンにはわからない、ケータイ・コンテンツ成功の秘けつ~"  /></a> </p><p class="gtools" >by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a> ,  <abbr class="dtreviewed" title="2007/09/23">2007/09/23</abbr></p></div>
<div class="hreview" ><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4899840721/baldandersinf-22/"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/P/4899840721.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="photo" class="photo"  /></a><dl ><dt class="fn"><a class="item url" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4899840721/baldandersinf-22/">インターネット図書館 青空文庫</a></dt><dd>野口 英司 </dd><dd>はる書房 2005-11</dd><dd>評価<abbr class="rating" title="4"><img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-4-0.gif" alt="" /></abbr> </dd></dl><p class="similar"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582853188/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4582853188.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="古本通 市場・探索・蔵書の魅力 (平凡社新書)"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797334673/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4797334673.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="インターネットの法と慣習　かなり奇妙な法学入門 [ソフトバンク新書]"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4048539779/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4048539779.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="うつうつひでお日記"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4004310083/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4004310083.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="西洋哲学史―近代から現代へ (岩波新書)"  /></a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4756147461/baldandersinf-22/" target="_top"><img src="http://images.amazon.com/images/P/4756147461.09._SCTHUMBZZZ_.jpg"  alt="Palm Magazine 永久保存版 (アスキームック)"  /></a> </p><p class="gtools" >by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a> ,  <abbr class="dtreviewed" title="2007/09/23">2007/09/23</abbr></p></div>

<p>
（追記 9/23）
その後の議論 on Twitter：
</p><ul>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20070923/1190527778">CCLの議論延長戦@twitterのまとめ</a></li>
</ul>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000309.shtml">
  <title>「日本文化は、なぜブームで終わるのか」</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000309.shtml</link>
  <description>遅ればせながら
「日本文化は、なぜブームで終わるのか（趣旨説明）」
から転載します。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2007-03-31T22:19:48+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
遅ればせながら
<a href="http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/03/post_7db2.html">「日本文化は、なぜブームで終わるのか（趣旨説明）」</a>
から以下の文を転載します。
</p>
<blockquote><pre>著作権とは、いったい何でしょう？
それは本来、著作者が小説や映画・音楽などの
自分の著作物から生じるイメージや利益を守るために、
他人がその著作物を無断でコピーすることを禁じる権利のこと。
ただ多くの場合、著作者が不利な契約を結ばされて
その権利を「譲渡」させられていますし、
自分の意思で著作物を送り出そうとしても
他の誰か（たとえば映画会社や出版社・レコード会社・
JASRAC など）に妨害されたりしています。
それもまた「著作権」です。

著作権が保護される期間には限りがあります。
国際的な条約によって、著作者が生きている間と
没後50年間というように定められています。
この「没後50年」までの間に、
かつて生み出された著作物の殆どは人目に触れなくなります。
また著作者が亡くなった後については
利益を得られるのは当然 著作者本人ではありません。
それにもかかわらず現在では
欧米の主な国が「没後70年間」にまで延長してしまいました。

日本は、他の国と同じように国際条約どおり「没後50年間」のまま。
確かに欧米とは保護期間に20年間の差がありますが、
米国では「没後70年間」の扱いを受けられていますし、
欧州においても互いの著作物をやりとりするとき
「没後50年間」の扱いなら受けられます。
欧米の国々と互いの著作物をやりとりしても、
国際的に充分と認められた公平な保護を互いに受けているわけです。
日本の文化は世界の文化と同等に扱われています。

わたしたちは、存命中の著作者が創作活動に専念し
文化の質を高められるよう、保護期間延長以外の手段で
著作者の生活が保障されることを願っています。
著作権は、本来著作者にとって創作の糧となる大切な権利で、
すでに亡くなり新たに創作できない著作者への保護を延長しても
「創作の糧となる」目的を果たすことなどできはしません。
日本にとっての夢や誇り、そして大きな可能性を秘めた宝物にも
勿論のこと全くなり得ません。

著作権保護期間を延ばすことと、
日本の文化を大切にすることとは無関係。
著作権の、安易な保護強化を阻止するため、
どうかご理解とご協力をお願いいたします。
日本文化を、真に愛するために。</pre><div style="text-align:right;">
 (licensed under a <a href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc-sa/2.1/jp/">by-nc-sa</a> by <a href="http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/03/post_7db2.html">暇人</a>)
</div></blockquote>
<p>
私達は常に他者との関わりの中で生きています。
人として生きる限り（それが間接的なものであっても）他者と無縁でいることはできません。
そしてたくさんの「他者との関わり」の重なりの上に社会があり文化があるのです。
著作権は非常に強力な権利です。
何故ならこの権利を行使することで他者をコントロールすることができるからです。
他者をコントロールできるということは社会や文化の行く末を変えてしまえるということです。
それ故に法的コードの設計および行使には細心の注意を払う必要があります。
</p><p>
「著作」は特定の企業・団体やクリエイターだけが持つ特権ではなく全ての人に与えられた「人としての能力」です。
その全ての「人としての能力」を社会全体で最大化するよう調整していくことが「文化的所産の公正な利用」（著作権法第一条）であり，
そのことによってはじめて「文化の発展に寄与する」（著作権法第一条）ことができるのです。
これからの著作権法に関する議論が以上の点を踏まえた上で行われることを期待します。
</p><p>
参考：
</p><ul>
<li><a href="http://thinkcopyright.org/shirata0115.html">ほんとうの創作者利益について</a> （<a href="http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/pdf/truebenefit.pdf">PDF</a>） -- 著作権保護期間の延長についてのみならず著作権法15条・16条・29条の矛盾点についても言及している点に注意</li>
<li><a href="http://www.aozora.gr.jp/shomei/">著作権保護期間の延長を行わないよう求める請願署名</a> -- 2007年4月末まで受け付けているようです</li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/Nob-Kodera/20070326">壮大な金の無駄遣い</a> -- 今回の記事の元ネタになっている新聞広告についての記事</li>
<li><a href="http://opentechpress.jp/opensource/06/07/06/2138220.shtml">知的財産推進計画2006によせて(1)</a> -- 「二階建制度」案について</li>
</ul>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000301.shtml">
  <title>ケータイという身体属性 2</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000301.shtml</link>
  <description>Vox である人と話していて気がついたことを追記しておく。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2007-03-21T18:15:44+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
Vox である人と話していて気がついたことを追記しておく。
</p><p>
<a href="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000299.shtml">「ケータイ型ユーザはネットに公共性や社会性を感じていないし求めてもいない」</a>
って書いたけど，
ユーザ自身はコミュニケーションの場における公共性や社会性を感じていないとは言えない。
「はしご禁止」「素通り／読み逃げ禁止」といったものは，
コミュニケーションの場における彼等なりの<a href="http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/shirata/031028/">儀礼・典礼（protocol）</a>と考えることもできるからだ。
この protocol はネットの更に上のレイヤに作られている。
</p><p>
つまり私たち古参のユーザは protocol をネットのアーキテクチャとして組み込もうとするが，
ケータイ型ユーザはアーキテクチャが持つそのような側面を全く無視して（あるいは知らずに）きわめて（現代の前という意味での）近代的なやり方で protocol を構築しているわけだ。
もちろんこうなるのには理由があって，
それはケータイにおけるネットワーク機能の貧弱さにある。
貧弱というのは厳密じゃないかな。
敢えて「ネットワーク」を想像させない糸電話的フレーム（世界観）とでも言うべきか。
そんなフレームの中にどっぷり浸かっている子たちは，
その中でも通用する独自の protocol を文字通り「体得」しているわけだ。
</p><p>
もしこの妄想にいくらかでも真実味があるとするとちょっと怖いことだ。
私達はネットを社会的装置として認識しているからこそ「ネットの中立性」とかいったことが議論の対象になる。
しかし糸電話的フレームに生きてる人はネットを意識しないのだから議論の対象にもならない。
インターネットは既存の電話網と同じく単なる「網間」としてしか認識できないのだから「だったら NGN でいいぢゃん」という話にもなるわけだ。
あぁ，
ひょっとしてそれが<a href="http://d.hatena.ne.jp/ced/20070111/1168450601">「iモードという失敗」</a>の核心なのか？
</p>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000300.shtml">
  <title>労働者から見た著作物</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000300.shtml</link>
  <description>私の中で整理するために今考えていることを吐き出しておく。
毎度のことながら後で考えがガラッと変わることもありうるので、
その辺はご容赦。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2007-03-21T02:27:33+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
私の中で整理するために今考えていることを吐き出しておく。
毎度のことながら後で考えがガラッと変わることもありうるので、
その辺はご容赦。
</p><p>
例がアレで申し訳ないが、
私は「著作」という行為の結果（成果）としての「著作物」にあまり執着がない。
ぶっちゃけて言うなら
「出来上がったものは既に私のコントロールを離れてるんだから他の誰のものであろうと私の知ったこっちゃない」
のである。
この「感覚」は私の仕事のやり方にも影響している。
私は「流しのプログラマ」であり、
私が仕事で書いたコードの著作権は基本的に相手企業のもので（著作権法第15条 職務上作成する著作物の著作者）、
著作者人格権も行使しないよう明示的に契約を交わしている。
「それでも別にかまわない」と思っている私の意識の底にはこの「感覚」があるわけだ。
</p><p>
（余談だが）こういうことを書くとプログラマ失格と言われるかもしれないが、
私は開発工程の中で「コーディング」が一番苦手である。
だいたい「コーディング」開始時点で既に頭の中ではプログラムが完成しているもんだ。
つまり「コーディング」ってのは脳内プログラムを（場合によっては使用するプログラミング言語に「翻訳」しつつ）書き写す「写経」に過ぎない。
人によってはそれで悟りを得られるかもしれないが私にとってはひたすら苦行である。
（でもデバッグは数理パズルの一種なので結構好き。
世の中にはやたらとテスト好きな人間がいるそうだが、
実はその過程で発生するデバッグが純粋にゲームとして楽しいからじゃないの？ とか失礼なことを書いてみる）
</p><p>
上述のような「感覚」の人がなんでものを作り続けていられるかというと、
（今日の晩飯代を稼ぐためとかいった切実な理由はとりあえず脇において）ものを作る現場に帰属してると感じることが（承認される）喜びになっているからだ。
だからその成果としての著作物を（場合によっては著作物と意識することもなく）提示し続けることができる。
こういう感じに個人の成果としての著作物を意識しない人は実は結構多いんじゃないだろうか。
</p><p>
これをプログラム／ソフトウェアに限定せず、
もっと一般的な「業務」に拡大して考えるなら、
毎日大量に出力される報告書や企画書だって著作物だし電話の履歴や TV 会議の動画だって著作物。
更に言えば世の中のありとあらゆる構築物は沢山の人の「知」の集合体だ。
でも普通はそんな風には考えない。
15条を持ち出すまでもなく、
個々人たちが出力する「知」は自然に所属する企業・組織の「知」として組み込まれ、
そのことが帰属意識や loyalty を高めるインセンティヴになっている。
そうしてますます私たちは「知」を差し出すのである。
</p><p>
長々と何を書いてるかというと、
いわゆる「<a href="http://thinkcopyright.org/shirata0115.html#fn8">知識労働</a>者」にカテゴライズされる人たちの多くは著作物ではなく著作するプロセスに愛着を感じている人であり、
それゆえに「知的」ななにかを「表現」しているという意識も薄いんじゃないのか、
と思いはじめているのだ。
それを単に「権利意識のない人」で括っちゃまずいかもしれない。
</p><p>
しかし、
別に「ご高名な先生の作品」でなくとも私たちが日々仕事で生み出しているものは著作権法が規定する著作物であり、
しかもそれが自分のものであることを意識することもなく別の「誰か」のものとして利用され続けていることは意識してもいいと思う。
</p>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000299.shtml">
  <title>ケータイという身体属性</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000299.shtml</link>
  <description>GREE や mixi がケータイ型ユーザを取り込み始めた時点で殆ど予想できたことではあるが，
なかなか面白いことになっているようだ。
（3/21 一部追記と修正）</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2007-03-20T22:15:50+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
GREE や mixi がケータイ型ユーザを取り込み始めた時点で殆ど予想できたことではあるが，
なかなか面白いことになっているようだ。（3/21 一部追記と修正）
</p><ul>
<li><a href="http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/03/19/15131.html">mixiの新規登録時に携帯メールアドレスが必須に</a></li>
<li><a href="http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0703/20/news042.html">「mixi読み逃げ」ってダメなの？</a></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/Nob-Kodera/20070320">Mixi読み逃げ問題</a></li>
</ul><p>
梅田望夫さんは<a href="http://spiegel.vox.com/library/book/6a00c22527e6f3604a00d41420150c685e.html">『ウェブ人間論』</a>の中で
</p><blockquote>
「これからの世代において、携帯電話を身体の一部と思えるか思えないのかというのは一番大きな分かれ目かもしれません」（p.132）
</blockquote><p>
と仰っているが，
私から見ればケータイはとっくに身体の一部である。
3GPP の仕様書でも移動機のことを UE （User Equipment）っていうでしょ（それ以前は MS （Mobile Station）などと呼ばれてたりした）。
また，
とくに子供たちの間でのケータイを中心としたコミュニケーションの仕方にもそれは顕れている。
例えば「mixi 読み逃げ」なんて話は<a href="http://homepage3.nifty.com/kazano/200406b.html#14_t1">「ぱどタウン」で言う「はしご」</a>を彷彿とさせる。
（もっとも「mixi 読み逃げ」を禁止する動機がかつての「ぱどタウン」の子供たちと同じかどうかは社会学的な見地からちゃんと検証する必要があるけど）
</p><p>
ケータイによるコミュニケーションがネットのそれと異なっている点のひとつは，
ケータイでは相手からのメッセージがダイレクトに届く（少なくとも端末からはそう見える）ことだと思う。
だからユーザはケータイを取り囲むネットという空間を想像できない。
喩えるなら人のいっぱいいる電車の中で携帯電話で仕事の話をするサラリーマンとかいるでしょ。
携帯電話で会話中の彼には社外秘かもしれない内容が周囲に丸聞こえだなんて思いもしないだろう。
あれのネット版だと思えばいい。
言ってみればケータイは「デマコーヴァ」なのだ。
</p><blockquote>
「世界がジャングルを囲んでいるんじゃない。ジャングルが世界を囲んでいるのです」
</blockquote><p>
ケータイのこの特性はサービス提供者から見て都合がいい。
ケータイはユーザをダイレクトに繋ぐ Identifier として使える。
しかもユーザから見ても（ケータイのアドレスは簡単に変えることができるので）非常に気安く利用できる。
そりゃあもう，
OpenID なんか目じゃないほどの使い勝手の良さだ。
だから<a href="http://jsn-home.net/blog/item/377">「プロフ」</a>みたいな（常識的に見てめちゃめちゃ危なっかしい）サービスも成立し得る。
</p><p>
ケータイ型ユーザはネットに公共性や社会性を感じていないし求めてもいない。
そこには「私」と「（私の写像としての）あなた」しかいない。
それ以外は全て外部に押しやられ存在を許されない。
つまり「mixi 読み逃げ」というのは相手のパーソナルスペースを踏みにじる行為なのだ。
これはリテラシー以前の問題なのである。
（GREE や mixi がそこまで考えてるとはとても思えないが）
これからサービスにケータイを組み込もうと考えている人は，
こうしたユーザの振る舞いをよく研究した上でシステムを設計すべきだ。
だれか研究しないかな。
</p><p>
というわけで mixi がサービスにケータイを（単なるブラウザとしてではなく）全面的に組み込み，
ケータイ型ユーザが増えれば増えるほどそこは公共空間でなくなっていくことを古参ユーザは覚悟したほうがいい。
だから<a href="http://int.vox.com/library/post/mixi%E3%81%AE%E6%96%B0%E8%A6%8F%E7%99%BB%E9%8C%B2%E6%99%82%E3%81%AB%E6%90%BA%E5%B8%AF%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%81%8C%E5%BF%85%E9%A0%88%E3%81%AB.html">「みんなこっち（Vox）に来ませんか？（笑）」</a>
</p>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000295.shtml">
  <title>DRM に関する覚え書き</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000295.shtml</link>
  <description>ちょっとわけあって DRM （Digital Rights Management）について調べ物。
ついでに DRM について思ったことを覚え書きとして残しておく。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2007-03-09T22:51:48+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<p>
ちょっとわけあって DRM （Digital Rights Management）について調べ物。
ついでに DRM について思ったことを覚え書きとして残しておく。
なにせ私はマルチメディア（古語）関連にてんで疎いので，
DRM そのものは理解できても，
それが私たちにどう作用するかについては実はよく分かってなかったりする。
というわけで，
これから書くことはまるっきり頓珍漢な内容かもしれないがご容赦を。
</p><p>
巷にある DRM 製品でメジャーどころは以下の3つだろうか。
</p><ul>
<li><a href="http://www.jp.realnetworks.com/products/security/drm/index.html">Helix DRM</a></li>
<li><a href="http://www.microsoft.com/japan/windows/windowsmedia/drm/default.aspx">Windows Media DRM</a></li>
<li><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/FairPlay">FairPlay</a> （オフィシャルな解説ページってないの？）</li>
</ul><p>
この中では FairPlay のみ位置付けが異なる。
他の2つは DRM の開発および運用プラットフォームを提供するものだが，
FairPlay は <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/ITunes_Store">iTS</a> と完全にリンクしている。
例えば（現実にはあまり考えられないが） FairPlay を使ってコンテンツを流通させたいと思っても，
流通経路が iTS で固定されているために，
コンテンツホルダー自身も制約を受けることになる。
</p><ul>
<li><a href="http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0606/12/news005_3.html">「補償金もDRMも必要ない」――音楽家 平沢進氏の提言 (3/4)</a></li>
</ul><blockquote>
「すでにミュージシャン自身が制作・流通・決済が個人で可能なわけですよね。そういう状況の中で、一つの大手が沢山の楽曲を収集して陳列台に並べるということにどれだけ意味があるのか、ということなんですけども。反対に自分の楽曲を常に自分の管理下に置いて、どのようにお客さんが来ているのかを自分でモニターしながら活動を続けていくことと、最終的にどっちがアーティストにとって利益が大きいのか」
</blockquote><p>
逆に言うと，
もし FairPlay に何かあってもその影響範囲はあくまでも iTS 周辺に限られる。
（Helix DRM や Windows Media DRM では，
そのプラットフォームに乗っている全てのサービスが影響を受ける）
</p><p>
DRM というのは，
ぶっちゃけて言うなら，
コンテンツの「流通」を管理するものだ。
そう考えると “Digital Rights Management” という名前は正しいとは言えないんじゃないか
（<a href="http://opentechpress.jp/opensource/article.pl?sid=06/08/11/039222">FSF は “Digital Restrictions Management” と呼んでる</a>らしい）。
これが本当に権利を管理するものだというなら上記の DRM 製品には明らかな欠陥がある。
</p><ul>
<li><a href="http://www.unixuser.org/~euske/doc/effdrmguide-ja/index.html">悪いのはいつも顧客です: オンラインミュージック用 DRM のためのユーザガイド</a></li>
</ul><blockquote>
「この素晴らしき『認定つきミュージックサービス』の新世界では、法律を守っている音楽ファンは、しばしば自分たちが古い CD の世界 (あるいは少なくともレコード会社が DRM をつかって CD をも 無力化しはじめる前の世界) で払っていた金額よりも少ないものしか受けとっていません」
</blockquote><p>
DRM は既存の本やカセットや CD/DVD といったコンテナの代替物として機能する。
DRM というコンテナが登場したことでネット上に既存の物流システムをエミュレートする環境が整った。
しかし，
このエミュレーション環境は流通の端から端まで（パッケージングからコンテンツ再生まで）ひとつのサービスが牛耳っている。
コンテンツホルダーはサービスを選んだ時点でコンテナを選べない。
ユーザもサービスを選んだ時点でコンテナが固定されるため，
コンテンツを再生するプレイヤーを（場合によってはプレイヤーを稼動させるプラットフォームも）選べない。
またコンテンツ自身も入れられたコンテナによってその末路が決定してしまう。
大抵は何回か再生された後（譲渡も再利用もできないから）メモリまたはハードディスクの中で死蔵される。
同じコンテンツでも入れられるコンテナが違えば別の製品であり，
別の製品であれば別のプレイヤーでなければ再生できない。
そしてプレイヤーの消失とともにそのコンテナはただの屑データになる。
</p><ul>
<li><a href="http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0606/12/news005_3.html">「補償金もDRMも必要ない」――音楽家 平沢進氏の提言 (3/4)</a></li>
</ul><blockquote>
「昔はカセットでコピーして友達同士でやりとりしていたし、オンエアされたものをエアチェックしてコピーしていたわけですよね。それがデジタルコンテンツになったところで、何を騒ぐんだということですよ。
（中略）
プロテクトや補償金の話はビジネスの問題であって、コピーするしないは倫理の問題じゃないですか。彼らは倫理を大儀にして、ビジネスしているだけなんですよ」
</blockquote><p>
既存の「出版社」というのは既存の物流システムしか想像できない。
だからそれをエミュレートできる DRM に飛びつく。
しかし DRM を選択したことによってこれまで「出版社」が担っていたかなりの部分を iTS などの新しいプレイヤーにぶったくられてしまった。
それでいてもう一方では<a href="http://journal.mycom.co.jp/news/2007/02/07/100.html">「理想はDRMフリー、スティーブ・ジョブズ氏がDRM問題にコメント」</a>なんてなことを言っている。
それなら
</p><ul>
<li><a href="http://blog.japan.cnet.com/lessig/archives/003565.html">ジョブズのDRMレター</a></li>
</ul><blockquote>
「iTunesには、作品をクリエイティブ・コモンズで提供しているアーティストもいる。Colin Mutchlerもその一人だ。作品が初めてiTunes入りしたとき、MutchlerはDRMをオフにするよう求めたが、アップルに拒否されている」
</blockquote><p>
ってな話はどうなんだってことだよな。
</p><p>
閑話休題。
</p><p>
<a href="http://blogs.itmedia.co.jp/closebox/2007/02/drm_3a3f.html">「DRMフリーで困るのは「定額制」では？」</a>という意見がある。
私の印象だけど，
DRM のような仕組みが多少なりとも正当化されるのは定額制によるストリーミング・サービスじゃないかと思う。
ストリーミング・サービスは基本的には消費によってコンテンツが消尽してしまうのでコピーとか考える必要がない。
どちらかというと TV・ラジオや映画館といったメディアに近いからだ。
定額制サービスへの影響については Windows Media DRM を破ったクラッカーのインタビュー記事も参考になる。
</p><ul>
<li><a href="http://japanese.engadget.com/2006/09/26/engadget-interview-wm-drm-viodentia/">Engadgetインタビュー：WindowsのDRMを破ったクラッカーViodentia</a></li>
</ul><blockquote>
「FairUse4WMはコンテンツ配信サービスにとって良いものだと考えている。たとえコンテンツに対して有効なプロテクトが存在しなくても、世界がひっくり返るわけではないと実証しているからだ。定額制サービスへの影響は疑わしいと思う。(FairUse4WMがなくても) アナログホールを利用するプログラムはすでに広く知られている。会費制定額サービスの価値は常に新しい曲にアクセスできることで、プロテクトとは無関係だ」
</blockquote><p>
その他参考になるかもしれない記事。
</p><ul>
<li><a href="http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/hyoujun_gijutsu/bidirectional_video/18_1.htm">ストリーミング配信システムの認証・課金</a></li>
<li><a href="http://journal.mycom.co.jp/column/svalley/092/">【コラム】シリコンバレー101 第92回 論争を呼ぶRealのハーモニー、DRM変換がもたらす波紋</a></li>
<li><a href="http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2005/03/08/6746.html">DRMの抱える問題とは～ドイツの国際会議では“不要論”も</a></li>
<li><a href="http://journal.mycom.co.jp/news/2006/03/27/344.html">フリーなDRMを開発する「Project DReaM」、仕様の一部を公開</a></li>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/inflorescencia/20060504/1146677799">DREとDRM</a></li>
<li><a href="http://www.schneier.com/blog/archives/2006/09/microsoft_and_f.html">Microsoft and FairUse4WM</a></li>
<li><a href="http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0702/07/news043.html">ハッカー「DVDヨン」、スティーブ・ジョブズ氏に反論</a></li>
<li><a href="http://motivate.jp/archives/2007/02/drm.html">【書籍】ユビキタス時代の著作権管理技術～DRMとコンテンツ流通</a></li>
</ul><p>
『ユビキタス時代の著作権管理技術』くらいは読んどくべきかな。
</p>]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000289.shtml">
  <title>Creative Commons Licenses Version 3.0 Launched</title>
  <link>http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000289.shtml</link>
  <description>今回はメモだけ。</description>
  <dc:subject>Code</dc:subject>
  <dc:creator>Spiegel</dc:creator>
  <dc:date>2007-02-24T17:30:09+09:00</dc:date>
  <cc:license rdf:resource="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/" />
  <content:encoded><![CDATA[<ul>
<li><a href="http://creativecommons.org/weblog/entry/7249">Version 3.0 Launched</a></li>
<li><a href="http://wiki.creativecommons.org/Version_3">Creative Commons Version 3.0 Licenses -- A Brief Explanation</a> （2/28 追記）</li>
</ul><p>
今回はメモだけ。
Ver. 3.0 の議論については以下の日本語記事も参考になる。
著作者人格権については<a href="http://blogs.itmedia.co.jp/kurikiyo/2007/02/post_3e55.html">最近話題の「おふくろさん」騒動</a>とも絡めて考えると面白いかも。
</p><ul>
<li><a href="http://www.creativecommons.jp/news/2006/11/15/ccplv30.html">【CCPLv3.0】ＤＲＭ条項の改正に関する議論</a></li>
<li><a href="http://www.creativecommons.jp/news/2006/11/15/ccplv30_1.html">【CCPLv3.0】著作者人格権（同一性保持権）に関する議論</a></li>
<li><a href="http://www.creativecommons.jp/news/2006/11/16/ccplv30_2.html">【CCPLv3.0】著作権管理団体を通じての報酬請求権に関する議論</a></li>
</ul>]]></content:encoded>
</item>


  <image rdf:about="http://www.baldanders.info/images/baldanders.png">
    <title>Baldanders.info</title>
    <link>http://www.baldanders.info/</link>
    <url>http://www.baldanders.info/images/baldanders.png</url>
  </image>

  <cc:License rdf:about="http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/">
     <cc:permits rdf:resource="http://web.resource.org/cc/Reproduction" />
     <cc:permits rdf:resource="http://web.resource.org/cc/Distribution" />
     <cc:requires rdf:resource="http://web.resource.org/cc/Notice" />
     <cc:requires rdf:resource="http://web.resource.org/cc/Attribution" />
     <cc:permits rdf:resource="http://web.resource.org/cc/DerivativeWorks" />
  </cc:License>

</rdf:RDF>
