CeM における「派生」の範囲

no extension

(この記事は「もっと辺境から戯れ言」に投稿した記事です)

先日草案が公開された「Communitas ex Machina」(CeM)について少し考えてみたいと思います。 といってもアイディアそのものについてではなく, CeM で定義される「派生」の範囲についての考察です。

CeM では派生作品については「直接の派生元の作品と作者名」と「オリジナルの作品と作者名」を明記するようになっています。 例えば作者 a の作品を A とし, 同様に派生作品を B(b) , C(c) , D(d) とします。

A(a) → B(b) → C(c) → D(d)

このとき作品 D に対し A(a) と C(c) を明記しなければならないと取り決めをするというものです。 こうすることで作品の派生を許可する作者に対して何らかのインセンティブを与えられるのではないか, という狙いがあります。

しかし, ここで気になるのは「一連の派生作品群の中で何がオリジナルか」ということです。 上記の例でいくと作品 B,C,D がそれぞれ大元の作品 A と似通った内容である場合には問題ありませんが, 「A(a) → B(b) → C(c)」と派生していくうちに内容が大きく変質し作品 A と作品 C が全く似てない場合に, それでも作者 d は作品 D に対し A(a) を明記しなくてはならないのでしょうか。

もひとつの懸念は上記のシステムでは派生作品群の両端しか評価されない場合があるということです。 再び上記の例で考えると, 作品 D が何らかの評価を受けた場合, 直接の派生元の作品 C やオリジナルである作品 A も評価を受ける可能性があります。 しかし同じ派生作品である作品 B は全く顧みられない可能性もあるのです。 この例では一番簡単な直系4世代の例ですが, もっと複雑な派生作品群が構成される場合に「オリジナル」と言われる作品に評価が集中し過ぎてしまわないでしょうか。 「オリジナル以外はたかが派生なんだから当然だ」という意見もあるかもしれませんが, それをいうなら派生作品が評価されることで無条件に「オリジナル」がクローズアップされてしまうのもちょっと変な感じがします。

ここで私からの提案は以下のとおりです。

派生作品については必ず直接の派生元の作品と作者名を明記し, 派生元の作品に対する著作権情報を入手(もしくはアクセス)する方法も併せて明記すること。

作品の著作権情報に派生元の著作権情報へのアクセスを示す内容があれば, それぞれの著作権情報を辿ってオリジナルに辿り着くことができます。 ライセンスとしては直接の派生元作品を指示するのみとし, あとは運用でオリジナルを探していくというアイデアです。

この提案の問題点は大きくふたつあると思います。 ひとつは著作権情報を誰でもアクセス可能な場所に公表する必要があることです。 ネット上で公開するのであれば問題ないと思いますが, 例えば派生元の著作権情報を入手するのに郵便等で問い合わせなければならないとしたら運用が難しくなります。 もうひとつは派生作品からオリジナルへ辿り着くための「アプリケーション」が必要条件になるということです。 もちろんアプリケーションなしで自力でオリジナルに辿り着くことは可能だと思いますが, 普通のユーザの多くがそういうことを面倒臭がらずにやってくれるかどうかは疑問です。 オリジナルを見てくれないのなら派生を許す作者に対してインセンティブを与えることが難しくなるかもしれません。

以上書いたことはあくまでも私見です。 ライセンスのバランスや実装の難易度等についてはあまり考慮せずに書いています。 従って「やっぱり最初の真紀奈さんの提案の方がよかった」ということになるかもしれません。 派生作品群が「オリジナル vs パロディ」といった分かりやすい構造になっている場合は, 今提案されている体系の方が合理的なのかもしれません。 しかし色々な立場で意見を述べることは多少なりとも将来の肥やしになるのではないかと思い拙文を書いてみました。 皆さんのご意見をお待ちしています。