時刻系の話: 閏秒ができるまで - 恒星時系と世界時系

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地球上でもっとも単純かつ正確に時刻を測る方法は何でしょう。 それは天球上の星の運行を観測することです。 古代から人々は星の運行を観測し記録することで「時」を識ることができました。 観測対象としてもっとも身近な星は太陽と月ですね。 しかし近代的な天文学的において正確な「時」を測るには月や太陽はあまり向いていません。 月や太陽は天球上をかなり大きく移動するからです(見かけ上の話ですよ,もちろん)。 したがって観測対象は天球上を動かない星, すなわち恒星になります。 天球上を動かない恒星を観測することで得られる時刻を「恒星時」といい, 恒星時を基準とした時刻系を「恒星時系」といいます。

とはいえ, 先ほど「動かない」と言った恒星も実は固有運動により(わずかですが)天球上を移動します。 では恒星時は何を基準にすればいいのでしょう。

恒星時は天球の日周運動が基準になっていると考えることができます。 もちろん天球というのは概念上の話で(天球の概念についてはここでは割愛します)実際にフラムスチードの星図のような書き割りがあるわけではありません (個人的にそういうネタは好きですけど)。 天球の日周運動というのは地球の自転運動に他なりません。 つまり恒星時というのは地球の自転運動を表したものであると言うことができます。

ここで言葉の定義をまとめておきましょう。 ある観測地点における春分点(赤経0度)の時角(子午線からの角度)をその地点の「恒星時(sidereal time)」と呼びます。 時角を測る基準の子午線がグリニジ子午線であった場合(観測地点が経度0度の子午線上にあった場合)には「グリニジ恒星時(Greenwich sidereal time)」と呼び それ以外の場合はその地点の「地方恒星時(local sidereal time)」と呼びます。 また春分点として真春分点をとった場合を「視恒星時(apparent sidereal time)」と呼び, 平均春分点をとった場合を「平均恒星時(mean sidereal time)」と呼びます。 『理科年表』などに掲載されているのは「グリニジ視恒星時」です。 (ちなみに章動を考慮せず歳差運動のみを考えた場合の春分点が「平均春分点(mean vernal equinox)」です)

恒星時を観測するもっとも単純な方法は春分点を観測し, 子午線からの時角を求めることです。 しかしあいにく春分点に観測に適した動かない星のようなものは存在しません。 そこで実際には任意の恒星の子午線上通過を観測します。 子午線通過時の恒星の赤経がそのまま時刻になるというわけです(言うほど簡単ではないですが)。 もちろんこれはひとつの恒星を観測しただけではだめで, たくさんの恒星をたくさんの地点で観測した上でデータを集約する作業が必要になります。

こうして観測された恒星時ですが日常生活で用いるのにはかなり不便です。 私たちが日常生活で1日の基準としているのは太陽の日周運動ですが, 恒星時の1日はそれよりも若干(4分程)短いためギャップが生じてしまいます。

太陽の日周運動を基準とした時刻を測るのは比較的簡単です。 天球上の太陽の位置を観測し子午線からの時角を求めればよいのです。 ただしそのままではお昼に日付が変わってしまうので, 12時間のオフセットを加えます。 これを「真太陽時(apparent solar time)」と呼びます。 しかし真太陽時では季節によって1日の長さが変わってしまいます。 そこで1日の長さが年間で同じになるような仮想的な太陽「平均太陽(mean solar)」を考え, その太陽の時角をもって時刻を表わすことにします。 これが「世界時(universal time: UT)」です。

実はグリニジ平均恒星時 Θg と世界時 UT には以下に示す数学的関係があります。 (故に世界時系は恒星時系に属していると考えられます)

Θg = UT + 12h + αm

ここで αm は平均太陽の赤経で, 以下の数式で表わすことができます。

αm = 18h41m50.54841s + 8640184.812866s×T + 0.093104s×T^2 - 0.0000062s×T^3

ここで T は J2000.0 (2000年1月1日正午UT)からの経過時間を36525日(ユリウス世紀)単位で測ったものです。 実際には世界時は恒星時の測定を基に計算されますので, 上の式を更に変形する必要があります。

このようにして地球の自転運動から時刻を求める方法は19世紀後半から始まり, かなり長い間使われました(世界時という呼び名は1925年から使われています)。 しかし, しかし天体観測の分野では次第に恒星時系では問題があることが分かってきました。 が, 続きはまた次回ということで。