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時刻系の話: 閏秒ができるまで - 新しい暦計算システムと力学時

随分間があいてしまいました。 今回でいよいよ最終回です。

前回説明したとおり原子時計というきわめて精確な時計の登場は天文学のシーンをすっかり変えてしまいました。 また観測機器自体も大きく進歩し, より精密な観測ができるようになりました。 そしてこれらの観測結果によって天体の位置を表現する理論もまた精緻なものが要求されるようになります。 するとそれまでの天体の位置計算システムに色々と問題があることが分かってきました。

しかし問題があることが分かっていてもそれを変更するのは大変な作業で, 全ての位置計算・暦計算システムに影響を及ぼすことは明らかです。 そこで国際天文学連合(IAU)は1976年の総会で1984年からの運用を目標に新しい計算システムを作成することを決議しました。 具体的には以下のような内容です。

  1. 暦を作る基本の天文定数系を1976年採択のものに変更する。
  2. 暦計算の元期を J2000.0 (2000年1月1日 正午UT)に統一する。 またベッセル年単位の計算をやめてユリウス世紀(36525日)・ユリウス年(365.25日)単位の計算にまとめる。
  3. 座標の原点である春分点を,より新しい観測にもとづく,より正しい位置に修正する。
  4. 修正した春分点による座標系で,新しい基本星表 FK5 を編集する。 FK5 では e 項(光行差)を除いた位置を表示する。
  5. 計算に使用する時刻系は SI 単位系の秒を基本単位とし,暦表時の使用をやめる。 また,太陽系天体の位置計算には太陽系重心における時刻系の太陽系力学時を使用, 恒星の視位置計算には地球中心における時刻系の地球力学時を使用する。

「ベッセル年(Besselian year)」というのは天文学上の「1年」の単位のひとつです。 現在多くの地域で使われているグレゴリオ暦は1年の長さが365日だったり366日だったりまちまちです。 これでは不便なので天文学では一様に流れる仮の「1年」を考えました。 これが「ベッセル年」でおよそ365.2422日です。 実はこの値は観測に基づいて決められるもので一定ではありません。 新しい計算システムではそれを廃止し完全に一定な「1年」を定義したわけです。

もちろんこの1976年の決議はシステム変更の指針を決めたに過ぎず, これから多くの労力を費やして具体的なシステムを構築していくことになります。 また天文定数なども実際には作業の過程で1976年採択のものとは違ったものを使っているところもあるようです。 以降, 主な変更内容を紹介していきましょう。

まず, いきなり春分点が変わりました。 新しい春分点(平均春分点)はそれまでのシステムより

0.035s + 0.085s × t

だけ西にあるものと決められました。 ここで t は J1950.0 からの経過時間をユリウス世紀を単位として表したものです。 注意する点としては春分点が単に西に移動しただけではなくその差が年々ひらいていくことです。 つまり新しい座標系では今まで静止していたものが運動している(その逆もあり)ことになります。 従って恒星の固有運動なども全て計算しなおさなくてはなりません。 これはかなり大変な作業です。 実際, 新しい座標系に基づいた基本星表 FK5 は目標の1984年には間に合いませんでした。 (FK5 がリリースされない間は FK4 から FK5 への変換式(説明するのも面倒臭い内容です)が使われていたようです)

もうひとつ, 暦表時系が廃止され力学時系が採用されました。 先に説明したように, 力学時系には「太陽系力学時(TDB; Barycentric Dynamical Time)」と「地球力学時(TDT; Terrastrial Dynamical Time)」の2種類があります。 両者の違いは相対性理論上の時間の進み遅れの差です(相対性理論では重力の違う地球と太陽では時間の進み方が違うと考えられています)。 TDT については以下のように定められています。

  1. 国際原子時(TAI)における1997年1月1日0時0分0秒を TDT の1977年1月1.0003725日とする。
  2. TDT の単位は86400 SI 秒(平均海面における1日)とする。

すなわち, TDT の時間は現行の原子時計によって決められ, TAI とは, 以下に示すように, 一定の関係になります。

TDT = TAI + 32.184秒

新しい暦計算システムはそれまでの計算システムをより厳密にしたものです。 例えば新しいシステムでは春分点の位置が変わりましたが, これは1984年に突然星の位置が変わったわけではなく位置を測る「物差し」が変わっただけです。

さて, 数回に分けてお送りした時刻系の話はいかがだったでしょうか。 これまで見てきたように時刻系の変遷は人類の科学(天文学や物理学など)や技術(観測装置など)の進歩の歴史そのものです。 今度の閏秒ではそうした歴史についてもちょこっとだけ頭の隅に入れていただくと違った趣があると思います。

(年内にまとまってよかったよぉ)

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2005-12-18T16:37:38+09:00 Spiegel (licensed) [天文・宇宙開発] このエントリーを含むはてなブックマーク

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