2006年05月01日

☆ 「Web2.0がバブルだったとしても、その「技術」までは失われない」か?

基本的には同感。 「Web 2.0 の技術」が新しいものでないということは, それだけ基盤として確かなものであるということだ。 仮に上位レイヤがはじけたとしても基盤としての「Web 2.0 の技術」は残る。

しかし一方で「Web 2.0 の技術」が状況依存的な存在であることも確か。 インターネットユーザの多くが常時接続で, Google のような企業がいて, なにより Web がネット上の主流なプラットフォームでなければならない。 この状況ってば, まるでサンゴ礁に住む熱帯魚のような感じ。 だから「ネットは水もの」って思っちゃうんだよなぁ。

企業ってのは「その先」を見据えた経営を要求される。 まぁ山師なら今の状況をいかにうまく利用してかっぱぐか, と考えるだろうけど。

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2006年05月02日

☆ リニューアル記念

リニューアルオープンの記念(?)として 「日記/Weblog でみる Creative Commons」 を作ってみた。

私の戯れ言や Weblog の記事をイベント・トリガにしているので甚だ偏っているのはご容赦を。 こうしてみると, 明らかに2003年10-11月にターニングポイントがあるなぁ。

☆ まぁ出るべくして出たというか

この程度ですんでラッキーというか。

だから Greasemonkey はヤバいって言ってるじゃない。 便利ってだけで手を出すのは止めたほうがいい。 また多少(プログラミングの)腕におぼえがあるからと過信するのも禁物。 例えば Greasemonkey の機能を Phishing のような詐欺(ソーシャル・エンジニアリング)に応用されたら「つい,うっかり」の確率は高くなる。 今回のスクリプトを導入した人たちだって「はてな」のコミュニティで紹介されているからってんである程度信用してのことじゃないの? (今回の件がコーディングミスなのか故意なのかは知らないけどさ)

Firefox の拡張機能にしたってインストールパッケージに電子署名を施しているものをほとんど見かけない。 彼等(提供者)は IE から何も学んでいないのか。

☆ M7 on Flickr

Flickr より。

日渡早紀ファンには泣ける天体である。 って1年ほど前に同じネタで書いていたことに気付く。

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2006年05月03日

☆ 新手の「釣り」?

「調査ご協力のお願い ―オンライン・ソフトウェアの開発実態に関する調査―」というタイトルのメールが来る。

内容はいたって普通で, 連絡先としてどっかの大学のメールアドレスがつけられている。 が, なんか変。 From フィールドは全然違うアドレスだし。 不審に思いつつ無視。 したら全く同じ内容のメールがもう一通あった。 なんだ spam かよ。 危ない危ない。

最近この手のビミョ〜な spam が増えてきた。

☆ あ〜あ

Firefox の拡張機能は誰でも弄れて便利なことが重要で安全性云々はどうでもいいとおっしゃる人もいるらしい。 なるほどね。 そういう「空気」が今の Firefox の危うい状況を醸成しているのか。

「IEにはFirefoxと似たような仕組み」って逆だよ,それ。 そりゃあ「D&D はドラゴンクエストみたいな RPG」って言ってるのと同じ。 ActiveX の最大の失敗はまさに「誰でも弄れて便利なこと」だったんだよね。 ActiveX によってブラウザの表現力があがるってんで, そりゃあもう様々な ActiveX 部品が世に溢れ出た。 もちろんそれはコンピュータ・ウイルスやマルウェアの作者達にも福音をもたらしたわけだ。 その結果 MS は「電子書名のない ActiveX をインストールしない」と啓蒙せざるを得ない状況に追い込まれた。

Firefox の拡張機能が今のルーズな運用でうまく回っているように見えるのは単にシェアが低い(10% 程度。ようやく10%まできたかっていう感慨はあるけど)からだ。 マルウエアの最大のお得意先である Windows プラットフォームではいまだに「標準のブラウザ」を IE にしている人のほうが圧倒的に多いだろうし, 今はボットとかもっと効率のいい手段がある。 でも Firefox のシェアがこれからどんどんあがれば, マルチプラットフォームの特性を生かしたマルウェアは必ず現れる。 開発側だってそれを見越して拡張機能の配布に電子署名を添えられるようにしたってのに, ユーザ側でそれをぶち壊してしまっているわけだ。 それってつまり Firefox も IE と同じ道を歩んでいるということだよね。

(追記) ツッコミをいただきましたが, 違いがよく分からない。 安全性について何も考えずに無邪気に使いつづけることと安全性について語るレベルにないと言いつつ何もせず使いつづけることとの間に(安全性について目をそらすという点において)違いはない。 それにある時点であるブラウザが安全かどうかということなら安全なブラウザなどこの世にはひとつもない。 ある時点でブラウザに欠陥があるかどうかはそれほど重要ではなくて, 暴露された欠陥に対してどれだけ迅速かつ正確に手を打てるか(つまりインシデント・レスポンスの良し悪し)が重要なのだ。 その点で Firefox は充分に安全であるといってよい(素の Firefox はセキュリティ関連の団体・企業などによって安全性について常時チェックを受けている)。 にも関わらず Firefox がセキュリティ・リスクの高い状態に置かれているとすれば, それは(拡張機能の提供者を含む)ユーザ自身によるものだということになる。

☆ GW 突入!

今年はカレンダーどおりの休みだけど, 昨年の今ごろ泣きながら仕事していたことを考えれば天国のようだ。 っていうか GW になんの憂いもなく休めるなんて今まであっただろうか(いやない)。

先日から親がきている。 きて早々, キッチンのリファクタリングを始めた。 一人暮らしの男のキッチンがよほどお気に召さなかったらしい。 明日は弟ファミリーも来るらしい。

☆ 「はてな」は世界標準になれるのか

「はてな」のキーワードリンクシステムとトラックバックを比較して

「考えていたことは実は一緒。どっちが劣っていたとか、どっちが早いとかは、なかった」

と書いてあることに思いっきり違和感を感じる。 基本的に「はてな」のサービスやシステムは「はてな」内部で閉じている。 一方のトラックバックのシステムは Movable Type / Type Pad 以外のツールでも(Perl 以外でも)組み込んで使うことができる。 その差は優劣は決定的じゃないのか。

「はてな」のキーワードリンクにしたって, 例えば 「埋め込み e-Words」みたいな仕組みを使えばいくらでも外部と連携できる。 それを敢えてしなかった(あるいはひょっとして思いつかなかった)というのは世界標準なんてこれっぽっちも考えていないことの現われじゃないのか。 それにサービスのベースが日本語じゃ逆立ちしても日本標準くらいが関の山だと思うのだが。

☆ 「Unicodeはなんの役に立つのか?」

「文字の海、ビットの舟」の小形克宏さんの記事。

そうなんだよなぁ。 確かに文字コードって文字が使えて化けないこと以外のメリットはない。 しかもアプリケーション(特に通信が絡むやつ)を設計するときに必ずそして最後までもめるところだし。 「Unicode になんのメリットがあるの」というより「もう Unicode でいいぢゃん」って感じ。

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2006年05月04日

☆ NEX GAME

NEX GAME に挑戦。

PEPSI

なんとかバナーをゲット。 最初はタイミングがわからなくて激突しまくり。 やっぱジャンクフードを食らうならコカコーラじゃなくてペプシだよね。

あっ, バナーはこのページのライセンスの適用外だからね。 念のため。

☆ 「天体写真の著作物性」

もちろんあるに決まっている。 天体写真は同じ機材で同じフィルムで同じターゲットを撮れば同じ写真になると思っている人がいるかも知れないが, 大間違いである。 っていうか写真の面白さの大半は暗室作業にある。 暗室作業の面白さとは表現することの面白さである。 それは銀塩からディジタルに変わっても同じ。

ただし機械が自動で撮影したものはどうか知らない。 まぁ普通はその機械の所有者が著作権者になるんだろうけど。

☆ デジカメ壊れた

実家から家族が来たので安佐動物公園に行ってみた

楽しかったのだが, 途中でデジカメが壊れてしまった。 どうもズーム機構がおかしくなったみたいで, 電源投入直後「ズームエラー」でハングアップしてしまう。 そのうち勝手に電源オフ(WDT が効いてるのか?)

確かにラフな使い方してたけど, 1年で壊れるかぁ。 しかもこれ既に生産終了しているんだよねぇ。 とりあえず修理できそうか問い合わせるところからはじめるか。

とほほ。

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2006年05月05日

☆ レートランキング

最近は livedoor Reader からいらっしゃる方も多いようだが, このツールのレートランキングで, この戯れ言が「ブログの女王」を僅差で破ってひとつだけ上位につけているらしい。

まぁ一瞬だけだろうけど記念に記しておく。 どういう基準なんだろ。

☆ 移転時に参照したサイト

移転作業中に参照したサイトをいくつか紹介。

まず Icon/Favicon 関係のサイトは以下のとおり。

Movable Type にもいくつかプラグインを追加している。

OpenID 絡みの話は Weblog の記事を参照のこと。 なお「OpenID Server for Movable Type」は「Six Apart - Professional Network - Power Tools」にある。

他こまごましたもの。

☆ ダメだ!

昨日の反動でもの凄くかったるい。 食糧は冷蔵庫に山ほどあるし今日は何もしないことにしよう。

何もしないということはつまり FF XII をやるってことなんだけど。

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2006年05月06日

☆ ようやく LV20

やはり気分が下向きのときはゲームをするに限る。 ようやく LV20 まで到達。 魔石鉱の2体のモブを倒してやっと先に進めるよ。

☆ 「みんなが君のコンピュータを『支配』したがっている」

日本では身近な例があるじゃないですか。 Winny ですよウ・ィ・ニ・ー。

セキュリティ上の対策とはいえ malware でもないただのアプリケーションをセキュリティ対策ツールで起動できなくしたり削除したりなんてただ事じゃないでしょ。 その上政府は Winny 対策と称して VMBR まがいのツールまで開発しようってんだから。 これが「支配」じゃなきゃ何? って感じ。

☆ 彗星の動画

Flickr より。

ここにリンクされているアニメーション GIF 画像が面白い。 彗星がどういう風に天球上を移動していくのかよく分かる。

☆ タダのソフトなどありえない

私も同じく「何を今更」と思ったのだが, ソーシャル・ブックマーク等を見るとそうでもないらしい。

フランスの話は BBC への対抗という風にも読める。 日本でもようやく NHK が重い腰を上げようかどうかというところらしい。 で, 問題は公開された番組を再利用できるかどうかなんだよね。 BBC ではニュース映像については(英国内に限りではあるが)再利用を許している。 フランスの事情はよく分からないが, 日本に関して言えば IP マルチキャストがどうたらとうるさくなってきたので「やるか」って感じ。 あくまでも放送の枠内の話だから再利用などもってのほかだと考えているだろう。 文脈が全然違う。

ちなみに「ソフトがタダになる時代」でフリーソフトについて書かれている

「コピー自由、再配布自由。でも著作権は保持するから、再配布にあたって第三者が金とって商売するのはダメ」

というのは間違いだろう。 第三者が金を取ってはいけないなどという規制はフリーソフトにはない。 そんな規制を設けたらデストリビュータなんて商売も成り立たないでしょ。 やはり大抵の人たちにとってフリーソフトの「フリー」は「無料の」という意味合いなのだな。 本当に無料のソフトなどありえない。 あるソフトを開発・保守していくコストはどこかで(何らかの形で)回収されなければならない。 FOSS ではそのコストの再配分がこれまでの商慣行とは異なっているというだけのことである。 税金で回収するなんていかにも土建屋政策・箱もの行政に塗れた私たち昭和世代の発想ではある。 まぁ「未踏ソフトウェア創造事業」なんてまさにそれだが。

同人についてはもういいや。 どうも日本の「同人市場」を見るとウロボロス的に見えてしまうんだよなぁ。

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2006年05月07日

☆ 双葉社の電子コミック

双葉社の電子コミックといえば私にとっては『帰ってきたどらン猫』[bk1]なんだけど, あれから随分変わっちゃったんだなぁ。

☆ 連休中のお買い物

GW に買ったもの。 つっても漫画ばっかりだけど。

  • 『ちとせげっちゅ!!』 3 真島悦也 (竹書房)[bk1]
  • 『悪の生徒会長』 2 小笠原朋子 (竹書房)[bk1]
  • 『オーケー FANTASISTA!』 口八丁ぐり ぐら (芳文社)[bk1]
  • 『PLUTO』 003 浦沢直樹×手塚治虫 (小学館)[bk1]

いまさらだけど「口八丁ぐり ぐら」ってぐりさんとぐらさんの二人組みなのか。 『オーケー FANTASISTA!』も面白かったけど『まんがタイムジャンボ』で連載中の「花と泳ぐ」も(最初のほうを読んでなかったので)相当気になる。 早く単行本にならないかなぁ。

『PLUTO』は本当に面白い。 前にも書いたが, 今までの浦沢直樹さんの作品の中で一番なんじゃないだろうか。 つっても浦沢作品は『YAWARA!』以降めっきりつまらなくなってあまり読まなくなってしまったのだが。 なんで漫画って売れるとつまらなくなるんだろうねぇ。 しかし3巻のあとがきはくだらない内容。 誰の絵が誰の系統かなんてぐだぐだ説明しなくても絵を見りゃ誰でも分かるっちうねん。 ページの水増しに苦労している卒業論文みたいだな。

「地上最大のロボット」って実はあまり印象にないんだよねぇ。 私の中でアトムの一番は「アトム今昔物語」で(何せ当時は小学生しかも低学年)あのラストシーンは子供心に結構きっついものがあった (「アトム今昔物語」のラストは私が知ってるだけでも3種類あるのだが,いずれもそれなりにきっつい)。 全集なんかで読み返すと当時は(時代を反映した)結構な問題作だったらしいが, 敢えてそれを選ぶってのが凄いよなぁ。 オリジナルのラストはちょっと切ないというか物足りない終わり方をしているのだが, 浦沢版ではいったいどうなるのか。 楽しみである。

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2006年05月09日

☆ デジカメ入院

壊れたデジカメを購入した家電量販店(っていうかヤマダ電機なのだが)へ持ち込む。

丁寧で的確な応対を受け安心して我が子を入院させる。 2,3週間くらいかかるらしい。 5年保証が効いてるので修理代はタダ。

こういうときに店に関する信頼度と言うか好感度がガラっと変わるんだよなぁ。 はっきり言ってヤマダ電機のパソコンコーナーにはいいイメージがないのだが, 普通の家電製品なら申し分ないよな。

☆ 英国の UFO 報告

/.J なんかで微妙に話題になってるけど, 2002年末に話題になったあれとは違うんかいな。

みんな勘違いしているかも知れないけど, フライトプランにない飛行物体は(たとえそれがただの風船であろうと)みんな UFO (未確認飛行物体)なんだってば。 それを各国の軍が調査するのは当たり前。 他国の兵器かもしれないでしょ。

☆ IPBL から URLBL へ

BkASPil for Becky!2 が 2.068 にバージョンアップ。

このバージョンから IPBL を使わずに URLBL を使うよう設定できるようになった。 早速切り替えてみる。 ついでにベイジアン・フィルタも初期化し日本語メールもフィルタリング対象に含めるようにした。 さて, どうなることやら。

ここ半年ほど感じていたことだが, IPBL が機能しなくなりつつある。 普通のメールがある日突然 spam 判定されてゴミ箱に放り込まれるので, 後でゴミ箱をあさってビックリすることがある。 ただし URLBL で改善するかどうかは分からないのでしばらくは様子見というところか。

☆ BBS への spam がうざい

最近また BBS への spam が増えだした。 IP アドレスを調べてみるがまるでバラバラ。 どうやらボット経由らしい。

一応拒否リストに含めておいたが効果ないんだろうなぁ。

☆ スポンサーにダメージを与える spam 対策ツール

某所で教えてもらった。 また聞きなので内容は正確ではないかも。 詳しくは以下のサイトをどうぞ。

ここで公開されている Blue Flog という spam 対策ツールが面白い。 アメリカのサービスのようだが, あちらの CANSPAM 法をうまく応用した仕組みになっている。 簡単に言うとユーザの代わりに spam の広告主のオプトアウトのフォームなどを探し出し除外リクエストを送るというもの。 しつこく広範囲に spam をばら撒けばばら撒くほど広告主に除外リクエストが殺到し帯域使用料などのコストが膨大になっていくという仕組み。 オプトアウトの手段を知らせることは必須条件になっていて, ない場合は「違法なメール」ということになる。 悪質なメールや違法なメールについては ISP や関連機関などに通報する機能もあるらしい。 (これは spam のみならず Phishing 詐欺などでも適用できる)

例えば SpamCop のように ISP にクレームを送るサービスはこれまでもあったが, 広告主に直接ダメージを与えるものはこれまでなかった。 実際の効果のほどはよく分からないが, Blue Security 社が(spammer 側からと思われる) DDoS 攻撃を受けたり Blue Flog の使用をやめるよう警告する spam がばら撒かれたりといったことがあったそうで, ひょっとしたら効果があるのかもしれない。

日本で同じようなことをやって効果があるだろうか。 日本の spam って spam を発信すること自体が目的化されてる感じだからなぁ。

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2006年05月10日

☆ 「はてブ」のコメントって...

その手の記事をいくつか読んだがどうもピンとこなくてスルーしていたが, なんかあちこちでエントリーがあがっていてビックリする。

「はてブ」の悪意コメントって要するに TV に向かって「んなわけないやろ!」とツッコミを入れるようなもんでしょ。 もっと意地悪な言い方をするなら「便所の落書き」。 かつて某ニュースキャスターがのたまったこの言葉を, はてな市民達は「はてブ」で見事に実装してしまったわけやね。

「はてブ」のコメントに対してどのような反論も意味がない。 何故なら「はてブ」のコメントはそもそも議論するための「土俵」に登ってないのだから。 エントリーに対するコメントやトラックバックなどとはまるで次元が異なる。 (まぁでもコメントやトラックバックも所詮道具に過ぎないんだから, 同じように(便所の落書きよろしく)書き逃げする人はいるんだろうけど)

「インターネットは双方向メディア」なんて言われることがあるが, 双方向であるかどうかはユーザ側の問題なんだよね。 TV 番組を見るのと同じ感覚でカジュアルにツッコミを入れるだけの使い方に双方向性などない。 したがって記事を公開するほうもスルーしてしまえばいい。 ネタかベタかなんて悩む必要はない。 みぃんなスルーでいいのだ。 「はてな」ってのはそういうところだ。

そういえば del.icio.us は最近面白い機能を導入している。 それまで他者のブックマークを見るときは inbox に username/* みたいな感じで設定すればよかったんだけど, 新しく your network というディレクトリができていて, それまで inbox に設定していたユーザ名がそこに移動させられている。 更にブックマークを post する際に your network で登録したユーザの一覧が表示されブックマーク情報を簡単に送れるようになった。 送られたブックマーク情報は for ディレクトリ(link for you)に置かれる。 (for ディレクトリ自体は以前からあったが使い勝手がイマイチだった)

要するにユーザ同士でブックマーク情報を交換できるわけで, よりコミュニケーション・ツールとしての意味合いが強くなったわけだ。 この機能の使い方はいろいろ考えられるだろうが, 「はてブ」の使い方を応用すれば, ブックマークした記事の書き手が del.icio.us のユーザであることが分かっているなら, そのアカウントを your network に登録しておき, コメントを添えて相手に直接送りつけることができる。 これなら相手に「便所の落書き」以上のインパクトを与えることができるだろう。

例えば私のこの記事に対して「これはひどい」とか「死ねばいいのに」とかいったコメントやタグを添えて del.icio.us/spiegel 宛てに送りつければいいのだ。 そうすれば私はモニタの前で「皆が意地悪するよ,ママン」とか言いながら涙に暮れることができる。

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2006年05月11日

☆ 仮面ライダーじゃないのか

この記事のタイトルを見て仮面ライダーが小惑星になったのかと思った私は汚れているのだろうか。 ちなみに「ひびき」ってのは「響灘(ひびきなだ)」という地名(?)から採ったものらしい。

☆ BBS への spam がうざい 2

予想通り除外 IP アドレスリストは役に立っていないようだ。 腹を決めてアクセス履歴の解析をはじめる。

やはり IP アドレスはバラバラ。 バラバラってのは単にアドレス値が異なっているだけでなく管轄の国や ISP も見事にバラバラ。 しかもご丁寧に3〜5分くらい間隔をあけてアクセスしてきている。 うちで利用している BBS ツールは連続投稿を拒否できるようになっているのだけど, これもうまく回避していることになる。 nslookup で検索すると ADSL 用に割り当てているらしきホスト名があったりする。 やはりボット経由ということか。

面白いことに, 同じ IP アドレスで BBS への spam と Weblog へのトラックバック(もちろん spam)を行っている形跡があった。 しかもかなり時間をあけて, である。 もっともトラックバックのほうはプラグインで全部はじかれちゃってるのだが。 何故かトラックバックによる spam は特定の記事に対してのみ来る。 クローラを併用して絨毯爆撃とかもできると思うのだが, そうしないのは URL を収集するツールと spam をばら撒くツールが別々になっているということだろうか。 おそらく spam のターゲットとなる URL リストのようなものが流通していて, それをボットに食わせてコマンドを送ることで spam をばら撒いているんじゃないかと推測するのだが, どうだろう。

スクリプトにちょっと小細工をしてみた。 もし機械的に spam を送っているのならエラーになるはず。 referer をチェックして referer のない POST はエラー扱いにしたいところだが, 副作用がありそうだしなぁ。

アクセス履歴を見ると Weblog 記事へのコメント sapm (らしきもの)が非常に多いが, 全て失敗している。 TypeKey/OpenID のご利益だろう。 しかし spammer が Cookie を制御することを覚えたらこの手は使えなくなるかもしれない。

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2006年05月12日

☆ SETI@home Enhanced

GW でうだうだしている隙に色々動きがあったようだ。 以下の記事にまとめてみた。

SETI@home 拡張版に気付いたのは BOINC クライアントを 5.4.9 にアップグレードして作業中のタスクリストを見たとき。 「あれ?」と思ってサイトを見に行ったらきっちりニュースになっていた。 完全に見落としてたよ。

☆ Web 2.0 は「闇をひらく光」か

今週は体調が悪いのか色々妄想が炸裂する。 溜め込むと身体に悪いので, ここらで少し吐き出しておく。

偉大な発明王エジソンは自ら発明した白熱電球(厳密には白熱電球を「発明」したのはエジソンだけではないのだが)を前にこう言ったそうである。

「ガスは暗黒時代の照明です」

偉大な実業家でもあったエジソンのこの言葉は宣伝の意味合いもあっただろうが, 当時の時代背景を考えるとかなり意味深であったらしい。 暗黒時代とはすなわち中世のこと。 つまり白熱電球は近代の象徴でもあったわけだ。 中世暗黒時代の闇をひらく啓蒙主義と, 文字通り(ランタンなどに比べれば)圧倒的な光で夜の闇をひらく白熱電球がリンクした瞬間である。

この光のメタファーは色々と応用できる。 例えば「ポータルサイトは Web 1.0 時代の照明です」とか。 Web 2.0 の定義は人によって色々あるだろうが, それによってもたらされたものは一言で表現できる。 Web 2.0 は Web 1.0 時代の闇をひらいてしまったのである。

Google のような検索サービスや blog や Wiki や RSS といったツールはコンテナからコンテンツを引っぺがしてしまった。 コンテンツはコンテナに固定されているが故にその価値を発揮することができる。 インターネットが登場し Web が普及しつつある時代ですらそう思われてきた固定観念はここにおいてひっくり返された。 コンテナから引き離されたコンテンツはネットの中を漂流する。 つまりコンテンツの流動化だ。 厨が書く「便所の落書き」もお偉い専門家様がのたまう「お言葉」もネットの上では等価で入れ替え可能な存在なのだ。

しかしコンテンツを消費する側からすれば A ではなく B を選ぶ何らかの指標が必要だ。 そこで検索サービスによる検索結果の順位やページランク, あるいはソーシャル・ブックマークなどにおける被リンク数やコメントの集約による評判システムといったものが重宝されることになる。 しかし本来等価で入れ替え可能なコンテンツ同士に順位をつけるなんてのはナンセンスな話だ。 Google が Web 2.0 の象徴だというのなら, このような順位付けは「Google Caste」とでも呼ぶべきものだろう。 更に Google が与える流動性から外れるコンテンツは「八分」にされる。 確かに Web 2.0 が照らす光は圧倒的で「しっぽのさきっちょ」まで見えるようになったかもしれないが, それでもこぼれ落ちるものはある。 しかし光が強すぎるが故にこぼれ落ちたものが何なのか見えにくくなっている。 (っていうかこぼれ落ちていること自体に気付かない)

ここで面白いのは「Google Caste」や「Google 八分」はヒトの判断による恣意的なものではないということだ。 Google はこれらの構造をビジネスロジックによって構築しようとしている。 これが近代の「理性の光」に代わるものになりつつある。

だが私たちは Google に象徴される容赦のない「光」に照らされ続けることに果たして耐えられるのだろうか。 mixi のような(Web 2.0 とは対極な)クローズドなソーシャル・ネットワークにヒトが集まってくるのは「光」に耐えられないからではないのか。 今のところそれらの動きは単なる「古き良きネット」への懐古でしかない。 私たちは既に Web 1.0 にもパソコン通信にも戻れない。 それとも何か別の(例えば「街灯破壊」のような)動きがあるのか。

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2006年05月13日

☆ アバターまたはアイコン

早速英語版にして試してみる。 Google Talk とも連動しているらしい。

Pandion にもアバターという Google Talk のアイコンのような機能があるのだが, 両者に互換性はないらしい。 Pandion で設定したアバターは Google Talk (または Gmail)では表示されないし, Google Talk (または Gmail)で設定したアイコンは Pandion で表示されない。

統一してくれよぅ。

Jabber ID を Google Talk のアカウントにしようか現行のままにしようか悩んでいる。 運用を考えれば Google Talk のアカウントにしたほうがいいんだろうけど, 以下の2点がネックになって乗りかえれない。

  • Conference (グループチャット)機能がない。
  • MSN, ICQ, Yahoo! といった他の IM サービスへのトランスポート機能がない。

さて, どうしたもんか。

☆ Visual C++ 2005 Express Edition を導入

本当は GW にでもやるつもりだったのだが, FF XII に没頭してすっかり忘れてしまっていた。 以下のサイトから Web インストール版をダウンロードする。

ちゃんと日本語なので, 私のように英語不得手な人も大丈夫。 SQL Server 2005 Express Edition も入れるかと訊かれる。 別に必要ないのだが(今はアプリケーション・エンジニアはやってないし), 後から入れるのは面倒臭そうなので入れてしまうことにした。 ただしインストール後 SQL Server のサービスは落とした。 これでも Visual Studio の動作には支障ない。

この状態で無謀にも BkGnuPG のリビルドを試みる。 が, 当然のように失敗する。 (このときは気付いていなかったが) Express Edition では .NET アプリケーションしか扱えない。 Win32 アプリケーションを扱うためには Platform SDK も入れる必要がある。

このページの手順に従って Platform SDK 導入後, 再び BkGnuPG のリビルドを試みる。 ソースコードのコンパイルには成功(ただし一部の標準ライブラリ関数の部分でワーニングが出まくる)。 しかし今度はリソースファイルで失敗する。 まず afxres.h の場所が変わっていた。 以前は

#include "afxres.h"

だったが, 今回は

#include "mfc/afxres.h"

としなければならない。 もうひとつは BkGnuPG 固有の問題だったのだが, 複数の言語(BkGnuPG の場合は日本語と英語とロシア語)がチャンポンになっているとうまく処理できないらしい。 ロシア語のリソースを削除したらうまくいった。 簡単な動作確認をしたがうまくいってるっぽい。 よーし,うむうむ,よーし。

Express Editions にはリソースエディタが付いていない。 Express Editions で Win32 アプリケーションで本格的な GUI アプリケーションを開発するのは諦めたほうがいい。 まぁ他の人が作ったものをちょこちょこっといじる程度なら充分だと思うけど。 MFC も ATL も扱えない(Platform SDK にライブラリがあるみたいなので既存のソースをビルドするだけならできるのかもしれないが)。 まぁこの辺のライブラリはむしろ滅びて欲しいので, サポートできなくてもどうってことはない。 コンソール・アプリケーションなら問題なし。 私は GUI が苦手ですぐにコンソール・アプリケーションに逃げる人なので, これで充分。

さて, 次は BOINC クライアントに挑戦か?

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2006年05月14日

☆ BBS への spam がうざい 3

前回施した小細工が効いているようで, その後のアクセス履歴から推測するにうまく spam を弾いているようである。

やったことは本当に小細工。 投稿フォームで textarea の名前を "comment" から他の文字列に変え, サーバ側の入力チェックで "comment" に何か入っていたらエラーにする, という処理を入れただけ。 Web ページから普通に使う分には問題ないが, 機械的かつバッチ処理的にアイテムを POST するものに対してはエラーを吐く。 まぁどこまで通用するか分からないけど。

「想定していないアイテムがある場合にエラーとして処理する」ことは CGI ではあまりやらないのかな。 まぁそれが Defect にならない限りはやらないか, 面倒だし。 でももしそこに spam の兆候が見えるのなら積極的にチェックすべきだと思ったり。

☆ デスマーチに突入した ISS

「日欧のモジュール打ち上げ予定を繰り上げたのは、参加パートナーの主張を容れたからというよりも、完成と主張しうるまでのシャトル打ち上げ回数を減らすためなのだ。 しかしながら、「完成と主張できる」ということと、「実際に便利に使える」ということは異なる。」

最近 ISS 周りでバタバタしだしたと思ったらそういうことか。 これってアレだな, デスマーチに入ったプロジェクトを無理矢理終わらせるための言い訳にそっくり。 これだけの大規模なしかも国際プロジェクトで場末のヤクザなソフトウェアプロジェクトみたいなことをやってるとは思わなんだ。

後編に続く, らしい。

☆ ソーシャル・ブックマークの設計

ちょっと前の記事みたいだけど, なかなか参考になる。

参考になるが, なかなか耳の痛い記事。 本当にユーザのために設計すること, 本当にユーザが必要とするものを提供することってのは結構難しい。 一日中そればっかりに Adict してないとできない。

Web アプリケーションというよりソーシャル・ブックマークの設計として面白い点がいくつかある。

「タグはSQLと相性がよくない」

ってやっぱそうなのか。 私のブックマークはとっくに 8,000 アイテムを越えているが表示が遅いのなんの。 ページの表示がしょっちゅうタイムアウトするのでリロードしまくる。 ここはもう少し改善して欲しいところ。

「あなたのシステムはgreasemonkey, scraping等によって常に悪用される可能性がある。」

というのは言われてみればそのとおり。 Greasemonkey については最近議論めいたものが見られたが(規約がどうのとか言うだけで)サービスの設計から見た議論はあまり見なかったような。 ユニーク ID を晒さないというのは設計の基本ですな。 「はてブ」なんかは晒しまくりだけど。

「集約されたデータ(最新、注目等)は注目を浴びるが、利用者の増加と共に偏見が生まれる。」

というのは最近「はてブ」で言われていることをそのまま要約したような内容だな。 しかし del.icio.us くらい大規模かつ多様なユーザが共存するサービスでは「はてブ」のように評判システムとしては機能しないような気がする。 私も del.icio.us/popular は全く見ない。 参考にならないから。

「利用者はタグを元に情報を思い出す。」

これ最重要。 タグをつけるというのは本来利己的な行為なのだ。 利己的な行為の集約がなにやら意味のあるデータベースを構築する(ように見える)からソーシャル・ブックマークは面白いのであって, それが Folksonomy かどうかなんてのは実は結果論に過ぎない。 システムやサービス自体が「何か」を構築する(あるいは「何か」を構築するためにシステムやサービスがお節介を焼かなければならない)というのは傲慢だ。

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2006年05月15日

☆ すごい話を読んじゃった

いやはや, すごい話だねぇ。 しかしケータイってのはこうも人を無防備にさせるものかね。 私の通勤経路にもたまにこういう人いるんだよなぁ。 人目をはばからず実名で仕事の話してる人。

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2006年05月18日

☆ 「Winny に漏洩した情報は絶対に消えない」はガセビア

専門家が寄れば文殊の知恵。

後半のインシデント・レスポンスの仕方など非常に参考になる。 おそらく武田圭史さんの「漏洩情報の内容を詳細に解説する報道に何の意味があるのか?」もこの辺を受けての考察と思われる。 ちなみに防衛庁が再びやらかした(?)漏洩事故だが, J-RCOM 最新情報の 5/17 の記事によるとそれほどの機密文書でもないし軍事的にも重要なものではないらしい。

上述の記事が示唆するのは外部ツール等を使えば Winny の動作をかなりコントロールできるということだ。 以前からあった固定名のファイルを監視したりキャッシュの内容を可視化し定期的にクリアするようなツールがあればいいのかもしれない。 しかし, 高木浩光さんの「アンチウイルスベンダーがWinnyのCacheフォルダ内のウイルスを駆除しない理由」にも書かれているように, こういった Winny を支援するようなツールは公開しにくいのかもしれない。 改めて Winny 作者を逮捕・起訴したのは失敗だったと思う。

そういえば「Winny通信遮断は違法」だそうだ。 ISP は Winny を大儀として大規模なトラフィック・コントロールをやりたかったのかもしれないが(少なくともこの方法では)挫かれてしまったようだ。 Google が「プロバイダが通信速度制限や速度規制などを実行して配信事業者や利用者を差別することがないよう」にと総務省に言ったことが効いたかどうかは不明だが, いいかげん P2P がどうのとかフリーライドがどうのとか他人のせいにばかりしてないで自分達で決断しなきゃユーザは納得しない。

☆ spam に屈した Blue Security

この前紹介したアレの続報。

なぁんてこったい。

しかしこれで spam を「本気」で撲滅させることは可能であることが分かったんじゃないのかな。 一企業がやるからダメなんであって国際レベルで連携すれば可能なのでは?

☆ Google Notebook

こういうのを待ってたんだってば,待ってたんだってば,待ってたんだってば! どってんばってん。

最近うちの RandomNote を扱いあぐねていてねぇ。 クローラ立ち入り禁止にしているのにも関わらず(何が楽しいんだか)根こそぎ浚っていく奴はいるし, 定期的に spam をばら撒く奴もいるし。 いっそのことパスワードロックかけちゃおうかとも思うんだけど, それじゃあ私の利便性が悪くなるし。

と思っているところに Google Notebook が登場したわけだ。 一応パブリックページもあるけど, RSS で情報発信しているわけではないし(他人のパブリックページは専用の検索フォームで参照できる), 特に見せびらかさなくてもいいか。 うちの RandomNote はパスワードロックをかけちゃおうかな。 そしたらクローラ設定も解除できるしな。

ちなみに Google co-op にも私の Profile があるんだけど, 今ひとつ使い方が分からず放置中。

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2006年05月20日

☆ 「あのときの王子くん」

aozora blog で面白い記事が。

というわけで, 是非続きが読みたい。 「星の王子さま(Le Petit Prince)」に興味がない人も, まえがきだけは絶対に絶対に読んで欲しい。

最近「読み聞かせ」に関する著作権者からのガイドラインが公開されたりして波紋を呼んでいる。 (新聞系マスコミ記事へのリンクは原則としてしないことにしているので以下をリンク)

確かに「読み聞かせ」活動の中には著作権者に対して無頓着なものもあるのかもしれない。 しかしだからといって「あなたの行為は著作権法に違反しています」で終わっていては話にならない。 「本手引きは、無許諾で利用できる場合と、許諾が必要な場合に分けて説明していますが、どのようなことでも著作権者の許諾があれば可能です」とかアホかと言いたい。 これでは「読み聞かせをする場合には許諾が必要」といっているのと同じだ。 読者が本を読む行為をコンビニの弁当を食べる行為と同程度にしか認識できないからこんな表現になってしまう。 彼等は「誰にも分け与えず餌を食うように本を読め」とそう言っているのだ。 「読み聞かせ」をする人たちを恐怖に陥れる「ガイドライン」なんか作ってるヒマがあるなら, 作者に問い合わせるなりして「自由に読み聞かせ OK」な作品リストを作ってみろよ。

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2006年05月21日

☆ JDT

いや, もう, こんなのは本当に勘弁してくださいって感じ。 ちなみに私はサマータイム反対派。 封建時代じゃないんだから, 今更授時もあるものか。

☆ 戦う CIO

「ITベンダーはどうしても「会計業務」などの業務ごとに仕事を引き受ける傾向があります。データベース中心という考え方ではなく、業務を実現するための情報システムをワンセットで提案してきます。これは「部分最適」でしかありません。」

「部分最適」をしてしまうということは IT ベンダがユーザからの要求を正しく理解できていない(または理解するための努力を怠っている)ということなんだよね。 要求を正しく分析し理解してユーザが本当に必要としているものを提示する, ということは本当に難しい。

前にも書いたが, ソフトウェアとは「大量生産される一品もの」である。 どれだけソフトウェアが部品化されようとも, 完全にユーザにフィットする製品を提供するためには相変わらずエンジニアのスキルと技術が必要になる。 というより, 私たち職業エンジニアがこの世界(業界ではない)に存在を許される理由はそこしかない。 要求分析から設計・製造・保守まで全てユーザができるのであれば職業エンジニアなど必要ない。 上述の記事は, 今は職業エンジニアが不要になる未来への過渡期である, と読むこともできる。 しかしそれを後押ししているのは, てきとーな VAR 製品の組み合わせでお茶を濁すヘタレな職業エンジニア集団(もちろんこれにはヘタレな SE 等も含む)である。

☆ 既視感

面白いな, 読んでみようかな。

まさに80年代に学生だった私たちは当時から同じようなことを「大人」たちから何度も何度も言われつづけた。 しかしこの「同じようなこと」に対するメッセージは正反対, つまり「逃げるな!」だった。 例えば「ピーターパン症候群」(今の人は知らんかな?)とかいった言葉で。 「しらけ世代」などと言われ「非社会的」のレッテルを貼られた子供も, 「成田空港工事反対」のシュプレヒコールを上げ「反社会的」のレッテルを貼られた子供も, 受験にはまった子供もバイクにはまった子供もマンガやアニメにはまった子供も宗教にはまった子供も, みんなみんな学校を出たら「スーダラ節」を踊らされるんだから, その「現実」から目をそむけるんじゃない。 というわけだ。

失ったものなど何もない。 そんなものは始めからなかったのだ。

☆ カメラの視覚

友人と「ダ・ヴィンチ・コード」を見に行く予定だったが, その前の昼食があまりに美味しかったので上映開始時間までに間に合わなかった。 友人は夕方に用事があってそれまでに暇を潰したいらしかったので, 「それじゃあ」と三越デパートのイタリアフェアに行ったのだが, 実際にはまったのはイタリアフェアではなかったり。

別の階で絵画と陶芸・彫刻の展示会をやっていて, 二人ともそちらにはまってしまったのだ。 珊瑚の彫刻を前に何やら店員さんと熱心に話をする友人(← 最近木造模型や陶芸なんかをはじめていて立体造型に興味津々なのだ)は放ったらかして, 私は山本貞さんの油絵展に見入る。 最近ちょびっとだが絵の見方が分かるようになってきた。 まぁこの歳になって「分かるようになってきた」ってのもこっぱずかしい話だが。

まぁそれはともかく件の絵画展は「森」をテーマに30点ほど展示されていたが, その鮮烈な「緑」に圧倒されてしまった(ネットにいくつか画像データはあるようだがあの色は実際に見ないと分からない)。 もともと緑色は好きな色で漫画家でも緑色を多用する作家さん(たとえば竹本泉さんとか)が大好きだったりするのだが, 自分では描けないので, それができる人に単純に憧れてしまう。

二人ともひととおり堪能して喫茶コーナーでお茶を飲みながらその話をする。 「それでその絵が欲しいの?」と友人に言われ「いや,欲しいというより,あの絵のような写真が撮りたい」と答えて今更気がついた。 つまり私がそれらの絵に感動を覚えたのはカメラ的な構図とその背後にある画家の「想い」に共感(というか一方的な思い入れを)してしまったのだ。 そしてその共感(と私が一方的に思っているもの)を更に増幅させるために私は(絵画を買うのではなく)あんな風に撮りたいと思ったのだった。

以前は「カメラの視覚」でものを見ることに嫌悪感を覚えカメラを封印していた時期もあったが, 最近はそういう見方をする自分を少しずつ肯定できるようになってきた。 そして今日は更に肯定できる度合いが増えたような気がする。 それができただけでも今日の「暇つぶし」には意味があったといえよう。

ところで今回も私に素晴らしい助言をくれた友人だが, 熱心に店員と話していると思ったら値切り交渉をしていたらしい。 結局そのときは思いとどまって買わなかったみたいだが, ありゃあそのうち買うな。

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2006年05月22日

☆ ITRON から T-Engine へ

特に意味もなく覚え書き。

TRON のかつての不遇な歴史についてよくまとまっている。

この記事が書かれた2002年は ITRON から T-Engine へ大きく舵を切りはじめた時期でもある。 翌2003年は ProjectX にも登場してプロモーションもばっちりって感じだった(絶対に「ProjectX」は教養番組ではない)。

またこの頃は IC カード OS の競争が非常に激しくなってきた時期でもある。 手元に『Interface』2003年3月号のバックナンバーが残っているが, この号の特集記事で挙がっているだけでもこれだけある。 (私はその頃は Web アプリケーションなんかやっていて,他の人がやっていることを指を咥えてえて見ていた)

  • MULTOS
  • ASEPcos
  • FeliCa/FeliCaOS
  • eTRON (T-Engine/T-Kernel)
  • JavaCard/JavaCardAPI

実は eTRON の e は "entity" の e である。 先ほど紹介した特集記事を読めば分かるが(持っていない方ごめんなさい), IC カード OS の場合は単に RTOS を構築するだけではダメで, PKI を含む一連のフレームワークの提供と周辺インフラの整備が鍵になる。 そういう意味では MULTOS や eTRON の方がよくできていると思うが, 実際には少なくとも日本市場では(JR 東日本が採用したことも大きいと思うけど) FeliCa が主流になりつつあるように思う。 まぁ FeliCa には(MULTOS や eTRON ほどの)縛りがないので組みやすいのかもしれないが, そこからセキュリティの鎖が切れてしまいそうな懸念がある。 (この辺はドイツあたりと比較したら面白そうだけど)

eTRON 応用はむしろ IC タグの分野だろうなぁ。 まぁこれも競争状態だけど。 IC タグのセキュリティについてはかつての「固有 ID」の議論なんかが参考になると思うけど, 結局はデバイス間ネットワークのセグメント(ドメインと言ってもいいけど)分けをどう設計するかが重要になる。 例えば車載 ECU 同士を繋ぐ CAN/LIN などは物理的にネットワークが閉じているので設計しやすいが(ただしこれも IC タグや BlueTooth 等が絡むとそうもいかなくなるが), 大雑把に「ユビキタス」で括られた場合にはネットワークをセグメントに分ける技術とセグメントを跨がせない技術をフレームワークとして組み込むことが必須条件となる。 この辺は思想的には IC カードと同じ筈なのだが...

参考:

☆ 「Web 2.0 と人工知能」

なんかちょっと「くすっ」とかなった。 さすが SF 者な人は発想が違う。

いや, この比較自体が妥当なのかどうかは分からないけど, Web 2.0 を斜めに見るには充分なネタ振りであるような気がする。 特に Web 2.0 の効果として「創発」による集団知とか挙げられているし。 その辺でシナプスが繋がっちゃったのかもしれない。 つまり Web 2.0 に関する議論は実は上述の記事とは連想の方向が逆で, 人工知能等の知識ベースがある人がそれをもとに閃いちゃったのかもしれない, ということかな。

そういえば野尻抱介さんは『Web 進化論』に感化されたらしく, 「リファレンスマニュアル」「野尻ボード」などに Google Adsense の広告が貼られている。

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2006年05月24日

☆ 「信頼」とは

これは「セキュリティにおける信頼とは何か」を考える際にいい例題になるのかも。

人間として信頼できるとしてもリスク・マネジメントの観点からは信頼できない人というのは存在する。 例えば OpenPGP でおなじみの「信用の輪(web of trust)」だが, ここでいう「信用(trust)」とは間違いなくリスク・マネジメントの観点から見た評価である。 人間として信頼できて秘密も守ってくれるかもしれないが, OpenPGP の鍵束の管理がずさんでパスフレーズもいいかげんなものを設定する人は「信用」できない。 そういう人の公開鍵に「完全に信用する(complete)」を設定してはいけないのだ。 しかし, そういう人に鍵束の正しい管理方法を教えてあげて実践してもらえば complete に格上げできるかもしれない。 リスク・マネジメントというのはそういうことなのである。

しかし, しばしば人は「信頼」を人間関係の緊密さや友好度で測ろうとする。 その結果ふとしたきっかけで機密情報を漏らしてしまい, 「今まで信頼してきたのに何で?」と悩み, 挙句の果てに「君さえいなければこんなことにはならなかった」などと見当違いの判断をしてしまうのである。

そう Winny なんて「ふとしたきっかけ」に過ぎないのである。 本当はそこに至るまでの過程に真の問題(真因)がある。 林檎の腐った部分を切り落とすように「 それでもWinny(ウィニー)を使い続けますか?」などといったキャンペーンを張っても, 真因を探り当て改善する努力を怠っていては, どうせまた Share あたりで同じ問題を起こすに決まっている。 (実際に起こっているようだけど)

問題の原因を探る際に, その原因を人に帰することは絶対にやってはいけない。 何故なら人はミスを起こしミスを忘れるドーブツだからだ。 それは問題の真因ではない。 そういう意味で「Winnyをやる人間は年賀状を送るな」というのは全く非合理的な判断である。 しかしリスク・マネジメントの観点から「Winny のようなリスクの高いソフトを入れているマシンに住所録などの個人情報・機密情報を入れない」と指導することには意味がある。 もちろん Winny 以外にもリスクを引き上げる要因はいくらでもある。 そういったリスクをひとつひとつ取り除いていくことが大事なのである。 (そういう文脈で Winny を入れない,Winny を削除すると言うのは今のところ正しい。 しかしそういうものを全部すっ飛ばして Winny 撲滅キャンペーンを張る意図が見えない。 Winny の問題は技術的に回避可能なものばかりだからだ)

☆ 「打つべし」「撃つべし」「討つべし」?

mixi のログイン画面がワールドカップ仕様になっている。 それはいいのだが, キャッチコピーの「打て。」 という言葉がとても気になる。

この言葉はサッカーのシュートを指しているんだから「撃て」が正しいんじゃないだろうか。 と思って「シュートを打つ」と「シュートを撃つ」で Google の検索結果を比較したら「シュートを打つ」の方が圧倒的に多かった。 やっぱ「打て」なのか?

でも「打て」では相手のシュートを打ち返すみたいな。 いや, それなら「討て」なのかな。 だぁ, 分からんくなってきた。 日本語は難しい。

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2006年05月25日

☆ コメント(ツッコミ)にメールアドレスを要求すべきか

私もツッコミ等でメールアドレスを必須にしていたときがある(今は必須ではない)。 これはトラブルに対する担保として要求していた。 つまり問題のある書き込みがあればメールにて訂正・削除を依頼し, 存在しない(または本人ではない)メールアドレスであれば問答無用で削除する, という行為を正当化しようとしたものだった。

しかし実際には以下の二つの理由でうまく行かない。

  • 上で紹介した記事にもあるように大抵の人はてきとーなメールアドレスを書く。
  • 問題のある書き込みのほとんど(というか今のところ全部)は spam である。

そのため今はポリシーを若干変更して, 問題のある書き込みに対してはこちらで勝手に消すようにしている。 少々強引に見えるが, 上述のように問題のある書き込みのほとんどは spam なので実際の運用には支障はなかったりする。

そういうわけでメールアドレスは必須ではなくなった。 なお, Weblog へのコメントについても (TypeKey や OpenID によるサイン・インは必要だが) 今はサイン・イン後にメールアドレスを要求しないようにしている。

しかし spam を問答無用で削除する習慣がついちゃうとコメントを削除することに対するうしろめたさのようなものが薄くなってきちゃうんだよねぇ。 spam のような分かりやすいものならいいけど, 削除すべきかどうか判断に迷うような書き込みが来た場合に削除する方向に判断がシフトしてしまいそう。 「野尻ボード」などのようにコミュニティを形成している場合は 「発言は実名(またはそれに準ずるもの)で行うべし」 とか言えるんだろうけど, うちはただのフィードバック用のツールなので, そこまで言えない。

☆ 青ガエルの後継者

おおおっ! 勇者だ! 是非とも頑張っていただきたい。 日本ではやらないのかなぁ。 そのプロジェクト「Okopipi」では Blue Security の事例を教訓として, P2P ネットワークを組むことで DDoS をくらいにくくするようだ。

☆ 財布を握っているのはどっち?

かの記事は面白い展開を見せている模様。

もはや人工知能とは何の関わりもないところに反応してしまうが,

「サイフを握っているのは人工知能ではなく天然知能だった」

を Web 2.0 とユーザという対比で考えるとき, どちらが財布を握っているんだろう, と考えてしまった。

上述のテンプレートをそのまま当てはめれば「財布を握っているのは Web 2.0 ではなくユーザ」となって 「あぁやっぱりそうだよね」と安心してお終いなのだろうが, 果たして本当にそうなのか。 実は私たちユーザはただ財布を預かっているだけで, それを本当に握っているのは Web 2.0 というシステムなんじゃないのか。

私たちは情報という名の餌を与えられ(feed), その対価としてお金や物や別の情報を(時には個人情報も)差し出す。 私たちはその行為を意識的・選択的にやっているように思っているけど, 実際にそれを判断し実行するのは Web 2.0 というシステムなのである。 私たちがすることと言えばアメリカ大統領が核ミサイルのボタンをポチっと押すように画面をクリックするだけだ。 押すべきかどうかの判断も押した後のプロセスもシステムが勝手にやってくれる。

アメリカ大統領という比喩はお嫌いですか。 それならこう言いなおそう。 Web 2.0 サービスに今や当たり前のようについている Recommendation 機能はデパートのオモチャ売り場の前で座り込んで駄々をこねる子供をそのままシミュレートしたものだ。 何かひとつ買ってやると「あれもこれも」と薦めてくる。 買ってくれるまで永遠に駄々をこね続ける。 それで根負けしてまた別のを買ってやると更に図に乗って他のものを薦めてきやがるのだ。 昔の「押し売り」(今のセキュリティ・システムに守られている人は「押し売り」がなにか知らないかもしれないけど)のネット版みたいなものと言ってもいい。 本当はゴムひもなんかいらないのに無限に連呼されればつい買ってしまうものだ。

Web 2.0 という流行り言葉の元でこんな消費の仕方をしてしまう私たちや私たちの財布は本当に自由なのか。 私たちがネットの中で感じている欲望や欲求は本当に私たちのそれなのだろうか。 結局私たちがやっていることは「失われた10年」の間にやっていたことを更に純化した形でネットの上で再放送(rerun)しているだけじゃないのか。

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2006年05月26日

☆ 今見れないのなら

「あとでみる」などありえない。

まぁ当然の結果だよな。 本にしろ TV 番組にしろネット上のコンテンツにしろ, 「あとでみる」が実際に見れるようになることはない。 これは毎日規則正しい生活をしている人ほどそうだ。 誰だって有限の時間しか与えられていない。 故に(どれだけ優秀な脳を持っていようと)摂取できる情報の量だって有限なのだ。

今見れないのなら後からだって見れない。 見れないのなら(今見るつもりがないのなら), それはあなたにとって必要なものではないのだ。 そうでしょ, この記事に「あとでよむ」タグをつけているあなた。

☆ Web 2.0 と人口無能

「5thstar_管理人_日記」の記事経由。

さすがブログの女王。 タイムリーな話題?

そういや私も「脳内指令で「アシモ」操作 ホンダ、10年内に実用化」って記事を見たな。 あとはもうロボットを巨大化して「うるとら・すーぱーひーろー・ぷりてぃーず(USHP)」をつくるっきゃない!

☆ BBS への spam がうざい 4

2週間しか保たなかったか。 結構賢いな。 どなたか TypeKey 認証できる BSS ツールを紹介してください。

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2006年05月27日

☆ 今年は7月31日

何の日かというと「伝統的七夕」である。 あぁ, 多分梅雨時だなぁ。

で, 6/17 に長崎大学で七夕伝説についての講演会があるらしい。

行きてー! 長崎っちゃあ少し遠いんだけど(多分2泊しないといけない), 土曜日だし行ってみようかなぁ。

何で「現行暦の月日が旧暦の何月何日に当たるかは判りません」かというと, 暦の決定は天文観測によるのだが, 観測のベースになる時刻系が異なるためである。 しかも江戸時代は地方暦や民間暦が山ほどあってどれも微妙に違っているし。 それに七夕を含む五節句は明治の初めに廃止になっちゃってるしねぇ。 だから七夕が厳密にいつかは分からないのである。

しかし天体の運行からそれに近い日を推測することはできる。 それが「伝統的七夕」なのである。 暦や時刻系については拙文をどうぞ:

(あっ内容無保証なので,よろしゅうに)

☆ 私は左利き

『日経サイエンス』2006年7月号に面白い記事がある。

「あなたは右,私は左?」というタイトルで側性化についての最近の研究が報告されている。 それによると, これまで右利きとか左利きというのは(言語を獲得した)ヒトに特有の性質だと思われていたが, 実は鳥類や魚類など様々な動物種にも存在することが分かったらしい。

私だけの特殊な環境かもしれないが, 私の周囲には左利きの人が多い。 親族にも結構いるのだが友人や会社の人にもかなりいる。 気が付いたら食事のテーブルに座っている人の4人中3人が左利きなんてこともある (過半数が左利きの状況での食事は傍で見ていてシュール。 右利きの人の動きがぎこちなく見える)。

件の記事によると, 側性化そのものは特に有利な遺伝形質ではないという考え方もあるらしい。 (魚の群れなど典型的だが)他者と同じ行動をとることで外敵から身を守りやすくなるが, 一方で仲間同士の競争においては別行動をとるほうが有利なこともあるそうだ。 あぁそうか, だから私は団体行動ができないんだ。(ってそれは多分違う)

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2006年05月28日

☆ teTeX 新規リリース頓挫

確かにあのパッケージを管理するのは大変そう。

ところで, これに関連して言葉遣いの話が出ているが,

普通ここは(ご尽力に感謝する気持ちがあるのなら)「お疲れ様」でも「ご苦労様」でもなくて「ありがとう」なんじゃないかと思ったり。 日本語は難しい。 っていうか「ご苦労様」のニュアンスはクレイジー・キャッツによる「はい,ごくろーさん」のギャグ以来壊れていると思う。

そういえば, 「シュートは「放つ」では?」というツッコミをいただいている。 確かにそのとおりです。

☆ デジカメ退院

修理に出したデジカメが帰ってきた。 よかったよかった。

レンズユニットを丸ごと交換したらしい。 それはいいのだが設定が全て工場出荷時の状態にリセットされているのは参った。 カウンタまで巻き戻されているし。 とほほ。 まぁしょうがないんだけどさ。

で, さっそく試し撮り。 ってケーキかよ!

☆ 「ダ・ヴィンチ・コード」観た

先週昼食を堪能しすぎて観に行けなかった「ダ・ヴィンチ・コード」を観にいった。 なんだ結構面白いじゃん。 以下, 軽めの感想を。

一応前提条件を書いておくと, 私は「ダ・ヴィンチ・コード」の原作は読んでいないがダ・ヴィンチ作品やキリスト教関連のトンデモ説(私は「トンデモ」というスティグマ化は嫌いなのだが今回は敢えてそう書かせていただく)については予備知識がある状態。 一方, 付き合ってくれた友人は「ダ・ヴィンチ・コード」の原作を既に読んでいる状態。 映画を観にいった後, 「こだに」で鰻を食べながら感想を話し合った。

私の率直な感想は「面白かったけど疲れる」。 なんていうか, 緩急のリズムがないというか, クライマックスシーンばかりを繋ぎ合わせて見せられている感じ(カタルシスもない)。 ただ友人によると原作の内容はかなり網羅されているそうで, ネットで見かけた「詰め込み過ぎ」という感想はこの辺から来ているんだろうと思った。 これが本当に「詰め込み過ぎ」なのかそういう「演出」なのかは分からない。 ただ「ストーリーについて行けない」というほどではなかった。 友人によると人間関係の設定とかは原作とは違うようで, 映画ではわざとストーリーを単純化しているのかも知れない。

友人の感想は「やっぱ映像のほうが分かりやすい」だった。 まぁ確かに謎解きの部分は文章中心よりも CG を織り交ぜた映像演出のほうが分かりやすいだろうな。 最初のフェボナッチ数列を使った暗号の解読はとても分かりやすかった。 今回は字幕版だったのだが, あれが吹き替え版だったら(無理に日本語化しようとして)逆に分かりにくくなっちゃうんじゃないのかな。 ところで映画では何の注釈もなく突然フェボナッチ数列という言葉が出てくるが, フェボナッチ数列が何でどういう性質をもった数列なのか知らない人は「なんのこっちゃ」って感じじゃないだろうか。 原作はどうなんだろ。

原作の映画化であれ映画のノベライズ化であれ, 大抵の人は最初に見た(読んだ)ほうにイメージが引きずられるものだ。 そう考えるとネット上で見られる評判はある意味当然でしかも当てにならないことが改めて分かった。 しかし原作があれだけ売れまくり, その記憶も生々しい状態で映画化して見せてしまうというのはかなりチャレンジャーという気もする。 まぁ評判や感想はどうあれみんな金を払って映画を観にいくんだから正しい戦略なのかもしれないが。

原作を読まずに映画の印象だけで書いてしまうが, 主人公のロバートの役回りが個人的に面白かった。 彼はいわゆる「トンデモ」など耳を貸さないごく標準的な「学者」だ。 それが「真実」という名のもとに, 抗いながらもどんどん「トンデモ」な世界に巻き込まれてしまう様子は滑稽ですらある。 ひょっとしてこの作品の本当の主題はそこにあるんじゃないだろうか。 彼等は「学者」としての権威を守ろうとしているのに(あるいは守ろうとするが故に), 世の中における「学者」の立ち位置はどんどん相対化され商品化(つまり流動化)されてしまう。 「真実」なんてものはいくらでも「捏造」できる。 捏造されたのは「トンデモ」なのかそれとも古き「権威」なのか。 しかし, そもそも「トンデモ」は「権威」によって強化され, 一方でそのスティグマも「権威」によって付与されるのである。

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2006年05月29日

☆ 「代理登録」を断る

みんな同じこと考えてるんだなぁ。 「まぐまぐの「代理登録」を永久に完全拒否する方法」があるというので早速私も申し込んだ。

以下, 依頼の文面。 日本語がへんてこなのは感情の表れってことでご勘弁を。

まぐまぐ 御中
 
御社のメールマガジン・システムから代理登録完了メールをいただきましたが
全く覚えがありません。登録のほうはこちらで取り消しましたが今後このよう
なメールを送られるのは甚だ迷惑です。
 
以下のページによると登録されないよう設定できるということですので私のメ
ールアドレス spiegel@alles.or.jp についても登録されない設定をしていただ
けますようよろしくお願いいたします。
 
  代理登録完了メールが届きましたが、代理登録を依頼した覚えがありません
  http://www.mag2.com/help/r035.html
 
 
蛇足ですが,どのような理由があるにせよ,インターネット・ユーザの多くが
大量の迷惑メールで苦しんでいる状況の中で御社の代理登録のようなシステム
は全く正当化されません。昨今の電子メールの状況について認識していただき
迷惑メールの配信を助長するようなシステムについては改善していただけるよ
う強く望みます。
 
 
なおこのメールの文面は私のウェブページにて公開しています。
 
  http://www.baldanders.info/spiegel/

昔はまぐまぐのメールマガジンは読者としてよく利用していたが, このシステムは既に時代にあっていない。

☆ 「アポロが月へ行ったという説」

今回の YM コラムはなかなか面白かった。

「桶狭間の戦い」を例に持ち出したのが面白い。 そして「桶狭間の戦い」はあったと答えた子供にその根拠を求めて

「だってどの本を読んでもそう書いてありますから」

ときたもんだ。 いやはや, 日本の学校教育の成果が出てますなぁ。 昨日書いた映画の感想にも通じるけど, 彼はきっと「トンデモ」じゃない。 でもそういう受け答えが(おそらく本人にとっては何の違和感もなく)自然にできてしまうところが問題なんだと思う。

☆ あんたがゆーな!

パッチすらまともに出ない企業の CSO が言うと言い訳にしか聞こえない。

「ソフト開発者」を十把一絡げに言うところが許せんな。 殺戮兵器であれ飛行機であれ自動車であれ家電製品であれ, いまや「ソフト開発者」が関与しない製品などないのだよ。

Web やパソコン用のソフトと組み込みソフト(いっとくがケータイは断じて「組み込み」ではない)では製品に対するアプローチがまるで違う。 それを一緒くたにするからおかしなことになる。 (「軍用には最良のソフトウェアが必要?」あたりを参照)

そんなことすら分からないオラクル(DBMS ベンダだろ?)は本当に大丈夫なのか。

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2006年05月30日

☆ それでも Wii (ウィー)を使い続けますか?

タイトルはもちろん「それでもWinny(ウィニー)を使い続けますか?」を皮肉ったものである。 それはともかく

という話。 そういえば「コリャ英和!と東芝DVDレコーダが87%を占める日本のオープンProxy」みたいな話もあって, 今やパソコンなど比べ物にならないほど無防備なデバイスがばら撒かれネットに繋がれ始めている。 ゲーム機で言えば既に Nintendo DS もかなりヤバい状況である。

こんなものをしれっと販売するメーカが Wii で何をやらかすのかほとんど想像がつく。 おそらく東芝 DVD レコーダなんか目じゃないような素敵なことをしてくれるに違いない。

(PS3 を買えと言っているわけではないよ, 念のため。 私は牛丼パソコンより高いゲーム機なんか買わんけど)

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2006年05月31日

☆ 「情報学的転回」?

という言葉が流行っているらしい。 またバズワードか。

何やら面白そうなことがかかれているが, ノイズが多すぎて私には読みきれない。 魚の群れの習性とかは側性化などの遺伝形質の問題でしょ。 他にも東西の宗教観の違い(そもそもこの分類の仕方が変だけど)とか喩えが悪すぎ。 欧米人が東洋的な思想なるものに関心を寄せるのは今に始まったことじゃないし, それも大抵「流行」どまり。 「アポロが月へ行ったという説」の話と同じく, 異端の思想(と彼等が思っているもの)を聞くふりをしながら最終的には「自分(達)が正しい」ことを強化しているだけだ。 最後の企業経営に対するアドバイスもお粗末そのもの。 長々と説明して結局は「分かってる」企業ならどこでもやっているようなことを「情報学的転回」として披露しているだけ。 これのどこが転回なの?

上の記事を要約すると「「コミュニケーションしている」ことと「コミュニケーションしているように見える」ことを同じと見なす」と言っているように思えるのだが, どうだろう。 それはつまり「「はてブ」もコミュニケーション・ツールだ」と言っているのと同じ。 幼児同士の会話というのは見かけだけで実際には独り言の連鎖で構成されている。 相手の言葉尻を捕らえて, それに対して条件反射的に独り言を言っているだけだ。 尻取りゲームの少し高度なもの(少なくとも語句の意味は引き継いでいる)だと思えばいい。 「はてブ」などはまさにネットで「幼児同士の会話」を行うための格好の道具として使われている。 でもそんなんで本当にいいの? (と書いている私の戯れ言も同レベルだけど)

というわけで読んでてわけが分からなくなったので, とりあえず手始めに『アンビエント・ファインダビリティ』[bk1]でも読んでみるか。 ファインダビリティっちうのも違和感あるけどな。 ネットにある検索ツールは実際にはレーティング・ツールだし。 ソーシャル・ブックマークなんて典型的。 「見つける」んじゃなくて「排除する」ことで目的の情報に到達するのが今のネットのフォーマット。 だから誰がレーティングをコントロールするか, つまり「ネットの中立性」が重要になってくる。

☆ 「自由」とは?

「自由である」ということは「自由である」ことを強制することであり, 強制する範囲を規定することだ。

例えばフリー(自由な)ソフトウェア。 フリーソフトウェアはソースコードを自由に扱うことを強制する。 でもそれが適用されるのはソースコードを扱うプロシューマだけだ。 その成果を利用するだけのいわゆるフリーライダーにとってはフリーソフトウェアは自由でも不自由でもない。 成果に対して便利かどうかの判断があるだけだ。 便利なものならフリーであることに荷担もするが, そうでなければ簡単に背を向ける(そして RMS が怒る)。 フリーソフトウェアであることに社会的な意義があってプロシューマ以外にも強制させたいなら「自由」を再定義する必要がある。

Wiki が自由かどうか議論することには意味がない。 それはただの道具だからだ。 でも Wiki を使うあるコミュニティが自由かどうかを議論するのは意味があるかもしれない。 しかしそれを外部からあれこれ言うのは本当に意味のあることなのだろうか。 あるコミュニティは参入障壁を高くして書き込みの汚染を少なくすることが自由の条件と考えるかもしれないし, 別のコミュニティは全く逆のことを考えるかもしれない。 個々のコミュニティの「Code」に対する外部からの評価は, コミュニティ内部の自由とは関わりがない。

もし Wiki という道具が自由であると考えられているとするなら, それは Wiki を利用するコミュニティ間の(自由に対する)多様性を許容できる点にあるんじゃないの。 たとえ Wiki を作った人がそこまで考えていなかったとしても。 (「Wiki が自由である」という誤解とやらは, まさしく Wiki を作った人たちが「そうあれかし」と願って作ったからじゃないの。 でもいったん作られた道具は既に作った人のものではない。 願いとは違う使われ方だって当然ある)

...とか, ふと思った。

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